28☆僕は君とは結婚できない③
☆
『大聖女様! 僕と結婚してください!!』
これで何回目だろうか。また同じ夢を見ている。
会うたびに挨拶のように求婚するせいか、こちらを振り返る大聖女様は、いつも顔色一つ変えず、穏やかな挨拶のように「ありがとうございます、王子」と返す。
『しかし、申し訳ございません―――僕は、君とは結婚できない』
女性にも関わらず、時折《男性》のような言葉使いをする銀髪の《大聖女》。
そして、毎回同じ言葉で断られる。
何度求愛しようと、方法を変えようと、シチュエーションを変えようと。
その《結末》だけは、絶対に変わることがない。
『僕は《神》にこの身を捧げました。誰かの伴侶になるつもりはありません』
いつだって大聖女は、爽やかな初夏の風のようにすっぱりと断る。
自分が未練を残さないようにという彼女なりの配慮だったのだろうが、幼かった自分は毎回のように泣きわめいていた。
どうしてですか。
僕がまだ子供だからですか。
立派な王になると誓います。大聖女様を守る王になると。
だから、僕の成長を隣で見てはくださいませんか。
『王子、王子は素晴らしい相手に恵まれます』
『僕ではなく、国民を守り、そして未来の王妃に、その尊い誓いを捧げてください』
『大聖女様………僕は―――』
あなたを、守りたいんだ。
忘れられない初恋の人。
次に生まれ変わったら―――国を守る《王子》でなければ、あなたを娶ることができるだろうか。
☆
『ハーレクイン卿と、そのお相手の方の未来に幸多からんことを、心よりお祈り申し上げます』
どうして自分は―――夢の中にだけでてくる初恋の人とは、似ても似つかない悪女なんかに、その面影を感じてしまったのか。
「ラザロ高位神官様、どういうおつもりですか?!」
スカーレット公爵家を出た後。
神殿へ帰るための馬車に乗ろうとするラザロ高位神官を、強い口調で問い詰める。
貴族特有の会話が得意なベッファ高位神官と異なり、ラザロ高位神官がこのように貴族の屋敷に来ることは極めて珍しい。
というのも、彼が《大の貴族嫌い》であることは周知の事実だからだ。
なのに、こともあろうか彼はあの《稀代の悪女》と親しく話していた。
そして、いつもは友好的な自分に対して、厳しい目線まで寄越し、あの女との会話を中断させた。
まるで《裏切り者》をみるような目で見つめていると、ラザロ高位神官は「あ゛~……」と眼鏡を取り、眉間を押さえながら、じろりとルカを見た。
「……何がです?」
「ラザロ高位神官様も、あの悪女を毛嫌いしていらしたはず! なのになぜ……」
「私は《厄介事》と《貴族特有のマナー》が煩わしいだけで、令嬢個人を毛嫌いしていたつもりはありません」
すべての人間に平等であるべきですからね、と。
そうはいっても、彼が貴族の中でもスカーレット公爵家を特別に毛嫌いしていたことは知っている。
今のは詭弁だ。なので、ルカは「同じことです、彼女の存在が《厄介事》のようなものだ」と詰める。
「彼女に『また』とおっしゃっていましたが、また会いにいかれるおつもりですか?!」
「――ハーレクイン卿、逆に問いますが。貴方はなぜ令嬢に拘るのです? 一番の懸念点だった、婚約は無事回避できたのでしょう? もっと清々しい顔をしたらどうです?」
ラザロの至極まっとうな指摘に、ルカが目を張る。
「この場で一番『らしくない』のは貴方の方です。お父様に似て、医師の鑑にふさわしく、誰に対しても穏やかで誠実な貴方らしくない取り乱しよう。さらには、聞くに堪えないお言葉の数々―――今もそうです」
ラザロが静かな口調で問うのに対し、ルカはそれまでの勢いが嘘のように失速し、口ごもる。
その様子にラザロが、はぁっと重めに嘆息する。
「貴方は、私の無事を心配するような発言をされていましたが、さきほどの令嬢を見てまだ御心配されますか? それとも、別の懸念がおありで?」
「…………」
「令嬢にはまた会いに来ます。救いを求めていらっしゃるようなのでね」
では、と今度こそ馬車に乗り込んでいくラザロ高位神官。
神殿へ向かう馬車が小さくなっていく様を見つめながら、はめていた白の手袋に《赤》がにじむほど手を強く握っていたことに気付くのは、ハーレクイン家に帰宅した後だった。
★
《――何アレ。人間面白~~!!》
「何がです?」
覗き見に盗み聞ぎなんて趣味が悪いですよ。重罪です、とベアトリーチェが言うと、窓ガラスが真っ白に曇るほど唇を押し付けてハァハァしていた神が《さっそく波乱の幕開けね?!》と叫んでいる。改める気は毛頭ないようだ。




