27★僕は君とは結婚できない②
「………ベアトリーチェ・スカーレット嬢。僕は、あなたと《婚約》する気は毛頭ありません」
殺人的な視線の強さと、心臓を射抜くかのような鋭い言葉。
「そうですか、理由をお尋ねしても?」
刺々しいその言葉達を、ベアトリーチェは目を見張りもせずに真正面から受け止める。
その上で、ルカ・ハーレクイン卿へと冷静に問い返すという、全く物怖じする様子のないベアトリーチェに、言葉を放ったルカの方が「うっ」と息を飲んだ。
「……僕には、心に決めた恋人がいます」
《なんだコイツつまんねぇな。女いンのかよ》
テーブルから《神》の心底面白くなさそうな野次が飛ぶのを、軽く右手をシッシッと払うようにして黙らせる。
ルカ本人に聞こえてはいないだろうが、ベアトリーチェが右手で発言を制しているにも関わらず、神はよほど腹が立ったのか「《ド変態属性のサイコパス医師の加入は大歓迎だけど女いるとかマジ怠いんですけど~~~!! まだ男に興味ある方が展開的には面白かったのに~~萎えるわ》」とかぐちぐち文句を言っている。
そして、おそらくしっかり聞こえているだろう、常識人ラザロは相変わらず顔色が悪い。ベアトリーチェより、よほど医師の診察が必要そうだ。本当にかわいそう。
「諸事情があり、まだ彼女と正式に婚約という形はとれていませんが、彼女とはいずれ添い遂げるつもりです」
《畜生! 本当にオンナだった!! 騎士団の男とかとデキてたらよかったのに!!!》
「……僕に《恋人》がいることは、スカーレット宰相はご存じだったはず。なのに先日、我が家に貴女の釣書が届きました」
神の野次のせいでだいぶ混線しているが、ルカの瞳が決めつけるように強められたことから、ベアトリーチェは大体の事情を察することができた。
どうせ、貴女の我儘でしょう?
彼はそういいたいのだ。
つまり、ベアトリーチェがお父様に無理を言って、自分の釣書を強引にハーレクイン公爵家へ送り付けた、と。
「……なるほど、承知いたしましたわ」
まさか、お父様が娘にも内緒でそんな暴挙を起こすとは。
おそらく、小さい頃。初対面のルカをベアトリーチェが《王子様》だと呼び、追いかけまわしていたことから、ハーレクイン家にも釣書を送ったのだろうが――さすがに、この件に関しては一言物申さねば。
少なくとも、ベアトリーチェはそれを望んではいなかったのだから。
しかし、ハーレクイン家にそうしたとなると、三大公爵家のうち、もう一つの《アジュール公爵家》にも同様に釣書を送り付けている可能性がある。確認を急がねば。
「釣書の件に関しましては、ひとまずお詫び申し上げます。どうやら、手違いがあったようです」
「手違い?」
「えぇ、ハーレクイン卿にご不快な想いをさせてしまいましたこと、心より謝罪申し上げます」
「…………」
ベアトリーチェの言葉をまるで信用していないらしいルカの瞳が余計に険しいものとなる。
当然だろう。
彼の知っているベアトリーチェならば、間違いなくこの場で癇癪を起していたに違いないのだから。
例え今は皇帝陛下に夢中であろうとも、それとは別として、ハーレクイン卿に《婚約を拒否された》という事実は、ベアトリーチェの矜持が許さない。
このわたくしが、一方的に断られるなんてあってはならない。どうかしている。何かの間違いだ。そうだ、その女を殺してしまえ―――くらいは、ハーレクイン卿の目の前で言っていただろう。
その証拠に、ベアトリーチェをよく知るウォルターとヘラはルカの死角で、エア拍手喝さいをしている。そのつぶらな瞳から「お嬢様ブラボー」「素晴らしいご対応」「神に感謝」との吹き出しが出ている。
ちなみに、ラザロは相変わらずルカに対して犯罪者を見る様な目で訝しんでいたし、神はいつのまにかラザロの影近くに移動して《やだ!!! 婚約破棄イベントきたわ!!!》と興奮している。そもそも婚約していないのだから破棄ではないし、そこで機嫌が直るのは本当にどうかと思う。
「では、僕との《婚約》はあきらめてくださいますね?」
「もちろんでございます」
「婚約者候補、もごめんです。僕の名前をリストから完全に削除を要望します」
「仰せのままに」
かなり辛辣な言葉を並べたてられているが、ベアトリーチェは全く意に介した様子もなく、にこやかな微笑みを浮かべ、悠然と美しいカーテシーを披露した。
「ハーレクイン卿と、そのお相手の方の未来に幸多からんことを、心よりお祈り申し上げます」
「……言葉だけは、受け取っておく。彼女に何かしたら容赦しな……」
「ハーレクイン卿、さすがにそれ以上はお言葉が過ぎます」
まだ物言いたげなルカを、ラザロが強い口調で止める。
貴族嫌いなラザロだが、医者家系の《ハーレクイン公爵家》にだけは穏やかな対応をしていた、と噂で聞いていただけに、ラザロの様子にルカだけでなくベアトリーチェも驚いた。
「令嬢はコレでも病み上がりなんです。もう行きますよ」
そして犯罪者を連行する警備兵のようにルカの腕を掴みつつ、「では令嬢、またお会いしましょう!」と颯爽と応接間からルカを引きずり出すようにして去っていった。
最後まで仕事のできる男だ。
ルカは、ラザロに腕を引かれながらも最後の最後まで、ベアトリーチェを睨む視線を緩めることはなかった。
「………?」
チリッと、包帯に包まれている右手が痛んだかと思うと何か光が見えた。
よく見ると、ルカの右肩――首元から、ひょっこりと頭をのぞかせる生物がいた。
目を凝らすと、ソレはエメラルドのような瞳でキラキラとこちらを伺いみている―――小さい《亀》のようだ。
手のひらに小さく収まるくらいの小さな子亀。それは宝石のような輝きを纏い、潤んだ瞳でベアトリーチェをじいっと見つめていた。
「………翠亀様?」
子亀はベアトリーチェの呟きに答えるようにして、にこっと笑ったかのように瞳を伏せ、消えた。
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