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25★ラザロ・サチェルドーテの受難⑤

「怖がらせるつもりはありませんでした。《悪女補正》という厄介な神の贈り物のせいで、いらぬ恐怖心をあたえてしまったようですわね」



 にこりと細められる猫のような瞳。

 妖艶な声音で語られる謝罪は穏やかで、それまでの空気を一新するほどだった。

 稀代の悪女。それなのに、大聖女のような慈悲と威厳を持つ謎の女。末恐ろしい素質を兼ね備えた彼女に、謝罪と降伏の意味を込めてラザロは、今度こそ心から「こちらこそ……申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


 

「令嬢だけでなく、我が主君にまでとんでもないご無礼を……悪女補正?」


《まぁバフ程度にはなったかもしんないけど、それでもアンタ結構ヤバかったわよ》


「嫌ですわ。わたくしだって、大切な茶飲み友達を《こんな》呼ばわりされましたら、さすがに怒りますわ」



 大聖女でもないんですから。

 それに、ラザロは元々そのような人間ではないでしょう?



 知ったような口をききつつ、こちらを見て意地悪く笑う令嬢。

 しかし、ベアトリーチェの悪戯な瞳を見ていると、先ほどまで体を支配していた恐怖心とは異なる――謎の懐かしさを感じてしまい、気が付くと「……本当、恐ろしい方ですよ令嬢は」と今度は肩の力が抜けていた。




「さすが、《神》と茶飲み友達というだけありますね……」



《あら? アタシのことはちゃんと神だって認めてくれるんだ?》



「令嬢に言われずとも、その膨大な神聖力で認めない方が無能でしょう」



《ごめんね~~!! セクシーが抑えきれねぇのよね~!!》



「ラザロ、その口の悪さはどうにかなりませんか?」



「令嬢以外の前ではちゃんとやりますよ、大人ですから」



「そういって見習い神官の前ではまた横柄に振舞っているのでは?」



「……まぁ、どうあがいても根が貧民街(ひんみんがい)出身なもんで……」



《その見た目で貧民街出身ってえろいわよね》



「神よ、抑えてください」



「あ~~~やめてください! このままだと本当にただ茶をしばきに来ただけみたいになっちまう!!」




 終わりのない無駄話のラリー。

 ラザロがいよいよ「いい加減本題に移らないと茶菓子持ってきてここに泊まるぞ」と開き直った挙句、意味不明な脅しをしだしたので、「では、ラザロ。わたくしの神聖力とスキルの診断をお願いしますわ」とベアトリーチェが手を叩いた。



 

「神聖力? 令嬢に?」



「そうです、ちなみに今は《鑑定》できますか?」



「それが、近くに神聖力の塊のような《神》がいらっしゃるせいか、今この場で正確な判断は難しいですね」



「なるほど、神の存在が妨害(ジャミング)になっていると」



《アタシが偉大なばっかりに………》



 でも帰らないわ! なぜなら楽しいから!!と神が開き直るのを横目に「では、どうすれば正確な診断ができそうですか?」とベアトリーチェが尋ねる。



「そうですね……でしたら、後日。診断に必要な宝具を神殿からお持ちしましょう。今日はあくまで『令嬢が病で倒れた』と聞いていたので、祈祷の道具しかもってきていませんので」



 いいつつ、ラザロがずっと手にしていた分厚い聖書を見せてくる。

 


「助かるわ」


《二つ返事でOKすんのね》


「私は理解も早ければ、仕事も早い人間なのです」



 ニヤッと口角を上げつつ、眼鏡をかちゃりと人差し指で正しい位置へ戻す。



「令嬢に非礼(ひれい)をお許し頂けるまで、犬のように働かせていただきますよ。私は勤勉実直(きんべんじっちょく)な神官なのでね」



「そう。ありがとう、あなたならそういってくれると思っていたわ」



「犬のように、って部分。否定してほしかったんですけどね」



「ラザロを呼ぶために侍女を大量解雇したかいがあったわ」



「アレ令嬢がやったんですか?!」



「そうでもしないと、あなた来てくれなかったでしょう?」




 本っ当、怖い人だなとラザロが笑う。

 その顔は公爵邸に来た直後の張り付けた笑顔とは明らかに異なる、穏やかな顔だった。




《え……もしかして……恋、はじまっちゃう……?!》



「はじまりません。ラザロ、改めてよろしくお願いします」




 言いつつ、ベアトリーチェが手を差し出す。

 包帯のまかれたその手を見て、一瞬痛々しそうに眉をひそめ、握るのを躊躇したが―――そっと手を伸ばし、白い手をやわく握り返した。




「――聖職者なので恋愛フラグはごめんですが、《茶飲み友達》くらいにはなってやってもいいですよ」


「十分だわ」


「………手、すみませんでした」


「いいのよ、良心の呵責を狙っただけだから」


「歪みねぇ悪女だな………」



《んもう!! なんなのよ2人して!!!!》



 じゃあ試しに付き合ってみりゃいいじゃん!!! と叫ぶ神に対し、ラザロが「神様ってこんな俗っぽいんですか?」とドンびいた顔をし「ラザロ、神も色々あるのです」と達観した顔をみせたところで、屋敷の奥から「おやめください!!」という叫び声が響いた。




「………ヘラ?」


「騒がしいですね。何かあったんでしょうか」



 叫び声の主は、先ほどラザロと話すために席を外させた侍女長。それだけでなく「お嬢様はいま来客対応中です!」と叫ぶウォルターの声も聞こえる。

 

 なんなら、声と《3人分》の足音がずかずかとこちらに迫ってきている。




「………こっちに向かってきてますね」


「そのようね」


「令嬢、心当たりは?」


「ありすぎて何とも……」




「お待ちください! ()()()()()()()!!」




 ほぼ怒鳴り声にも近いウォルターの声とともに、応接間の扉がノックもなしに勢いよく開かれる。


 飛び込んできたのは、淡く爽やかなペールグリーンの長髪をひとまとめにした20代前半くらいの男性。

 手には、医療道具が入っているであろう鞄と、なぜか《(ムチ)》。ムチ?


 王子のようにさわやかで甘い顔をした、たれ目の男性は、親の仇を見る様な鋭い目線でベアトリーチェをきつく睨むと、ぽかんと口を開けているラザロを目にし。 




「ご無事ですか!? ラザロ・サチェルドーテ高位神官!!」




 ――は?

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