24★ラザロ・サチェルドーテの受難④
「で? 結局のところ、令嬢はなぜ私を呼んだのですか? 同窓のティーパーティーなら、あいにく私は前世とやらの記憶はもちあわせておりませんが?」
改めてラザロがベアトリーチェに向き直って、厳しい目線で一瞥する。
まだ完全に心を許したわけではないようだ。それもそうか、とベアトリーチェはラザロを見る。
「まぁ確かに。《こんな唇》と話しているところをみられたら、気が触れたと思われても仕方ないでしょうが……それを私に言われましてもねぇ」
「……ラザロ神官」
鼻で嗤うようなラザロの態度に対し、ベアトリーチェは穏やかにその名を呼びつつも、口元に酷薄な笑みを浮かべながら、優雅にティーカップをとった。
「お忘れのようなので、改めて申し上げますが………今、あなたがこんな唇と称した御方は《神》だとお伝えしたはずです―――よもや、高位神官である御方が、《神》と《そうでないモノ》の区別もつかないということは、ないでしょうね?」
誰に向かってその口をきいている?
ベアトリーチェのマスカット色の瞳は、まるで猛禽類のようにラザロに焦点を当てると、獰猛に歪められた。
「それに、あなたには《わたくしを締め出した神殿の結界》について詳しくお聞きしたく思っておりました。今日お呼びだてした理由はそれにつきます」
「…………!」
「酷いですわ。あの結界のおかげで、右手に火傷を負ってしまいましたの……腕のいい薬師がいたので痕にはならずに済みそうですが、とても痛かったですわ」
言いつつ、ベアトリーチェが包帯のまかれた右手の甲を見せる。
清潔な包帯で巻かれたそこは、手首にまで及んでいた。
その時点で、ラザロはそれまでの横柄な態度を改め、目線を反らしながらも青い顔で「そ、その件に関しましては……」と言葉尻を濁らせる。
「それと、公爵令嬢を侮辱した罪も。誠意を見せていただけると思っていたのですが?」
「………………」
「ねぇ? ラザロ」
わたくしの、瞳をみなさい。
息をのむほどの迫力。
目の前にいるのが、18歳になる娘とは到底思えない威圧。10も年上の自分が、存在感と貫禄で圧倒されているのがわかる。
それはまさに、逆らえない絶対的存在のよう。
皇帝陛下とお会いした時と同じ感覚だ。
皇帝陛下に関しては、まるで《死神》を目の前にしたかのような死を覚悟する恐怖だったが、この女の場合は―――そう、《神の代理人の怒り》に触れたような。
慈悲深い神に、見放されるかのような恐怖。
ラザロにとって、自分の指針となり、生きる礎でもある《神》に見放されることこそが、根源的な恐怖なのだ。
魔獣や死神を目の前にするよりも凄まじい恐怖。背中に今まで感じたことのない冷たい汗がつたい、呼吸が浅くなる。どくどくと心臓が不穏に脈打ち、喉が渇く。
昔、遠目で公爵令嬢を見た時は癇癪もちの悪ガキだと思っていたのに。
この女は―――いや、この御方は、『誰』だ?
《ちょっと~~! あんまビビらせちゃ可哀そうよ!!》
「ビビらせておりません。誠意ある対応を求めているだけです。ねぇ? ラザロ」
まさかの異形の唇にまで、助け舟をだされる始末。
聖書でぶん殴らなくてよかった――と思う反面、ベアトリーチェには当然のように呼び捨てにされだしたが、彼女がそう呼ぶと決めたのならば、それでも構わないと思うくらいに、今ので《互いの上下関係》がはっきりと確立してしまった。
帝国に来た聖女リリィ・ハルモニアなんて目じゃない。
自分には圧倒的な神聖力があるからと慢心していたところを、横から突然殴られたかのような衝撃だ。
ベアトリーチェ・スカーレットには、勝てない。
「―――とても言いにくそうにされていらっしゃるので、今お聞きしてもまともな答えが期待できないのでしたら、話題を変えましょう」
ベアトリーチェの穏やかな声とともに、ティーカップがソーサーの上にかちゃりと置かれる。
その音と同時に周囲の威圧が薄れ、ラザロは「はっ……」と、短く息を吐きだした。緊張からか、ずっと息を止めていたようだ。
「怖がらせるつもりはありませんでしたの。《悪女補正》という厄介な神の贈り物のせいで、いらぬ恐怖心をあたえてしまったようですわね」
明日10時更新でラザロの話はひと段落します! 長々すみません!




