23★ラザロ・サチェルドーテの受難③
「我々は以前、どちらかでお会いしたことがございますか?」
その言葉にベアトリーチェ・スカーレットの猫のような瞳が一瞬見開かれた。かと思うと、瞬きする間に蠱惑的に細められていた。
「――どうしてそう思うのかしら?」
「いえ………これといって確信めいたものはないのですが……」
既視感を感じまして、とラザロが視線を下ろす。
その様子にベアトリーチェは感心したように、「ラザロ様、つかぬ事をお聞きしますが」と尋ねる。
「ラザロ様は、《前世》などは信じるタイプですか?」
「……役職的には『もちろんです』と言わなければマズイんですがね」
つまり、『信じていない』のだろう。
確かに、どこからどうみても四角四面の『現実主義者』らしい答えだ。
「そう、例えばわたくしとラザロ様が前世で顔見知りだったとしたら、どのような関係だと思いますか?」
「あまり考えたくないですが、強いていうならそうですね………」
ラザロの真摯な瞳がベアトリーチェに向けられる。
「《法に違反しない程度の残業を強いる極悪雇用主》と《謹厳実直な神官》といったところですかね」
「なるほど。忖度のない答えありがとう」
《ロマンスが足りてねぇ!!!!!》
あながち外れていないのが怖いわ、とベアトリーチェが拍手する最中、二人の間にあるテーブルのど真ん中に、謎の《唇》が生えた。
《そこはさ~~!! 『実は恋人同士でした~~!!』とか言って盛り上げてよォ~~!!》
「いいえ。嘘はいけませんから」
「そうです。嘘はいけない…………ってなんだこの《口》!!!」
目の前に突如現れた異形。
怪異とも呼ぶべき、肉厚な唇の出現。即座に「悪魔の類だ」と確信したラザロが手にしていた厚さ10cmほどはある《聖書》で、謎の唇をブッ叩こうとした――――が、唇がつぶれる寸前で何かを察し、その動きをピタリと止める。
「凄い! よく我慢したわね!?」
思わず立ち上がって拍手を送るベアトリーチェ。
唇が見えていないため、虫でもいたのかと首をかしげるウォルターとヘラを交互に見て、ラザロは目の前にあるこの《異形の唇》が自分とベアトリーチェにしか見えていないことを察し、その額に汗をにじませて、息をのんだ。
「いえ…………なんだか、ものすごく罰当たりな気が………」
《さすが、口は悪くても高位神官ね!! そう、死ぬほど罰当たりよ》
「めちゃくちゃしゃべるな………この口………」
「ウォルター、ヘラ。少し席を外してもらえるかしら?」
うっふ~ん♡と唇を寄せてラブコールを送る異形に、ラザロの顔色がさらに悪くなる。
ベアトリーチェは、一旦ウォルターとヘラを退室させると、改めてラザロに向き直り。
「紹介しますわ、ラザロ神官。こちらは私の茶飲み友達であり、《神》です」
《神です★》
「もう無理……ちょっと寝かせて……」
紹介したものの、ラザロは本格的に座っているソファーにうなだれて、天を仰いだ。頭が痛いのか、こめかみを抑えながら「神という名の《悪魔》ですか?」と問い直し、《いやどうみても神でしょ》と突っ込まれていた。
「安心して、ラザロ神官。これは現実よ」
「余計に悪いな……寝かせてくれ。5分でいい」
《それにしても寸前で手を止めたのはさすがね。勘がいいわ》
「まぁ、帝国の《高位神官》ですから」
「いきなり元気になったわね」
神の言葉にすっと起き上がるラザロ。褒めると復活するらしい。意外に現金な性格のようだ。
「――で? 結局のところ、令嬢はなぜ私を呼んだのですか? 同窓のティーパーティーなら、あいにく私は前世とやらの記憶はもちあわせておりませんが?」




