21☆ラザロ・サチェルドーテの受難
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スカーレット公爵家。
いわずもがな、帝国の偉大なる三大公爵家の一つ。
《帝国の頭脳》を司る不死鳥の家門だ。
そして、帝国の高位神官であるラザロ・サチェルドーテは、《元平民》であり、なんなら貧民街出身だ。
貴族だとか平民だとか。自分を愛するように隣人を愛せよという神の御言葉を守るため、階級によって差別するような発言普段口にしないようにしているが、あえて言おう。
貴族野郎は全員クソだと思っている!!
というわけで、私は今、いやいやながらスカーレット公爵家の門に立っていた。
「クソが……俺は貴族の中でも《スカーレット公爵家》が一番嫌いなのに……! こんな日に限って外交担当のベッファ高位神官が不在だとは!」
思い返す事、数刻前。
スカーレット公爵家から送られてきた手紙の内容を要約すると―――。
「あの稀代の悪女ベアトリーチェ・スカーレット嬢がお倒れになったとのことで、スカーレット公爵家に高位神官1名をよこすようにと……」
しかも、可能ならラザロ・サチェルドーテ高位神官を指名する、とまで書いてある。
この場合の《可能なら》というのは貴族語でいうところの《ラザロ、お前が来い》という意味だ。
「ふ……っざけんな、無理だ。眠い」
「ラザロ様!! 暴言が抑えきれておりません!!」
「なぜ私なのだ。しかもあの悪女だろう? つまり、いつもの狂言だ」
私が行く義理もない、と室内に引き返そうとするのを、若い神官が「それが違うようだからマズイんですって~~!!」とローブを引き留めて懇願する。
「噂によると、お倒れになる直前にベアトリーチェ公爵令嬢は《《神殿近くに来られた》》とか! その帰りに気が触れてしまったそうで」
「………なんだと? 神殿近くに、あの悪女が?」
「公爵は、令嬢の気が触れてしまったという醜聞が外部に漏れる前に、早急に解決すべく高位神官をすぐに来させて解決するようにと……お倒れになった令嬢を部屋に監禁し、情報が漏れないよう令嬢付きの侍女も大量に解雇したとか……!! ね!? ヤバいでしょ!?」
「…………」
確かに、それは非常にマズイ。
神殿を覆う結界で、あの令嬢は神殿内に《入れない》仕様になっている。そのことを知っているのは、自分と聖女リリィ・ハルモニアのみ。
結界内に令嬢を入れないようにした理由を知られたら、不敬罪で投獄されかねない。相手がスカーレット公爵となると、処刑もあり得るだろう。
帝国の頭脳であり、宰相だけあって、スカーレット公爵の勘は以上に鋭い。
もし、この事がきっかけで、結界の条件付与がバレたとしたら―――。
というわけで。
同じく高位神官で口が達者なベッファもいないことだしと、仕方なくラザロはスカーレット公爵邸に訪れたわけだ。
門まで来ると、執事らしい老人に応接間へ案内された。
一人になったところで豪華な調度品を眺めながら胡乱だ瞳で「身から出た錆とはいえ、面倒な……|血濡れの悪女《ブラッディ―・スカーレット》に悪魔が憑いたとかなんとか言って訪問祈祷料ふんだくって……」とつぶやいていると。
「へぇ、神殿には《訪問祈祷料》なんてものがあるわけね?」
「―――っ?!?!」
突然、背後から妖艶な声が降ってきた。
身の毛のよだつような悪寒。
ラザロは手にしていた聖書を盾のように掴み、素早い身のこなしで振り返ると――そこには、喪服のような黒いドレスに身を包んだ魔女がほほ笑んでいた。
「ごきげんよう、ラザロ高位神官殿」
わたくしが、その《血濡れの悪女》ですわ。
☆☆☆
死ぬほど疲れた時ほど《夢》を見る。
そして、その夢を見ると、また死ぬほど疲れて――起きた時には、必ず胸に空虚感が残るのだ。
『大聖女様!!』
叫ぶように彼女を呼ぶ。彼女はいつもすぐ消えるからだ。
聖女になった時は年若い少女だった彼女も、今では立派な大聖女。
子供が一人二人いてもおかしくない年頃にも関わらず未だに落ち着きがないというか、行動が機敏というか。すぐ行方をくらませるのだ。
そういう時は、必ず騒がしい場所を探す。
大体、騒ぎある場所には《大聖女》がいるものだ。
『大聖女様!! 何をしているのです!!』
『あぁラザロ!! すまない!! 探していたかな!?』
『探してましたし何してるんですか?!』
大聖女の腕の中には黒い獣、犬のようだ。抱きしめている腕をがぶがぶと噛みつかれている。見た目は完全に魔獣だが、魔の気配は感じない――つまり。
『また野良魔獣を拾ってきましたね!?』
『す、すまない。どうやら、騎士団が討伐した魔獣の腹の中にまだこの子がいたようでな。覚醒しかけていたようだから浄化を施し……』
『言葉遣い!!』
『浄化を施してみましたが、このようにじゃれついて離れなくなってしまったので遊んでいたらこんな時間になってしまった!! 面目ない!』
『うーん惜しい!!』
彼女が聖女になり、大聖女になってからというもの。
数年近くの歳月をかけてやっと《僕》を《わたくし》に切り替えさせ、男勝りな言葉遣いを《気品ある淑女》として整えたが、あと一押しと言ったところだろう。
見た目は世界を圧倒させるほどの美少女なのに、男顔負けの勇敢さと無謀さ。
これで、並外れた神聖力がなければ、聖女ではなく騎士として活躍していただろうというほど、彼女はいい意味で、聖女らしくなかった。
『それでラザロ。一体どうされたのですか? わたくしに用があったのでは?』
『あぁ、そうでした。今度、大聖女様の故郷の孤児院からまた一人、神官になった者がわが神殿に来ます、という事をお伝えしたくて』
『ぼッ……わたくしの故郷で?』
『………まぁ、よいでしょう』
相変わらず腕を子犬と化した元魔獣に噛みつかれながら、大聖女様が伺うように自分を見る。
その申し訳ないと言わんばかりの虹色の瞳に観念し、はぁと嘆息しながら「その他にも、近年では孤児院の出にも関わらず、才能があり商家の跡継ぎとして貴族に引き取られた子もいます』と続けるとぱぁっと顔を明るくさせた。
『大聖女様の故郷《ダンテ孤児院》の子供たちは優秀ですね―――なぜ、ご自身のお名前をつけなかったのです?』
『……あの孤児院は、僕だけの孤児院じゃないからね』
また言葉遣いが――と、思ったが訂正する気にもなれないくらい、大聖女は暖かくて、切ない眼差しをしていた。
『……大切な親友の名だ。彼がいたから、今がある』
『そうですか』
『君も大事な友人だ』
君がいなければ、僕は聖女を名乗れないくらいには世話になっている。
そんな他愛もない聖女の言葉に、胸が温かくなる自分がいた。
その数年後、自分は神官としての任務のため遠出した先の事故で死んだ。
魂になり、彼女の元へ導かれるようにいくと、自分の遺体の前ではらはらと涙を溢す正装の大聖女を見た。
あぁ、泣かせてしまったな。
自分が彼女の《拠り所》になろうとしていたのに、置いて行ってしまった。
宝石のよう涙を流しながら、自分の名を呼び。聖女として魂の祝福を願う祈りの言葉を捧げる彼女を見ながら、次に生まれ変わったら彼女以上に長生きしててやろうと――そう、心に決めたところで、いつも目を覚ますのだ。
☆☆☆
「スカーレット嬢、ご無礼をお許しください」




