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20☆悪女の策略

「なぜ、わたくしの意図を、全てお前たちに説明しなければならない?」




 お前達が知る必要など、ないでしょう?

 血のように紅い唇を引き上げながら、悪女はそう(あで)やかに突き放した。

 



「どこでも働けるよう手配してあげる。それだけでは《不満》かしら? まぁ、推薦状(すいせんじょう)が不要だというのなら――」


「そ、そんなことは……」

滅相(めっそう)もございません!」

「ご配慮に感謝いたします……!!」



 悪女の微笑みに、侍女らは途端に目を血走らせ、膝を床について許しを乞いだす。見事な手のひら返しにベアトリーチェが軽く嘆息しつつ、下位の者たちを見た。

 




「――お前達は、出世したければ死ぬ気で仕事を覚えなさい」




 期待してるわよ、というも、下位の者たちは皆不安そうな顔をしていた。

 上位者の方も、褒美の話には喜んでいたが、下位の者への指導に関しては「なぜこんな出来損ないに自分が……」とあからさまに不満そうな顔をしている者もいた。



 その様子に、ベアトリーチェは満足げな笑みを浮かべると、パンパンと手を叩いた。




「ではこれにて解散」












「ベアトリーチェ様」

「使用人解雇の件なら、ちゃんとお父様許可を得ているわ」

「……いえ、そちらではありません」



 侍女選抜試験の後、ベアトリーチェの部屋。

 突如開催された試験の後、ウォルターとヘラはその後の方針を話し合うため、集まっていた。



 侍女長ヘラの淹れた極上の紅茶を「ありがとう」と手にしたところで、ウォルターの「ベアトリーチェ様」がきたので、すかさず虎の()を借りるが如く、父の威を借りてみたが、ウォルターの懸念点(けねんてん)はそちらではなかったようだ。




 ――試験前。

 侍女らは、なぜこのトップ二人がベアトリーチェの暴挙を黙って見過ごしているか、不審に感じていたようだが。


 その実、最初からこの二人だけはベアトリーチェがどんなに悪女をしていようと、《《一度も》》態度を変えたことはなかった。


 ウォルターやヘラも、ベアトリーチェが赤子の頃から知っているのだ。

 だからこそ、どんなに悪女ベアトリーチェが二人を毛嫌いしていても、思春期の赤子が駄々をこねている同然にしかみえていなかったし、こうして頼られれば全力で支援する。


 それが、この二人なのだ。



 ベアトリーチェ自身も、それを十分わかっていたからこそ、あえて呼びつけなかっただけで信頼はしていた。周囲が勝手に邪推(じゃすい)していただけで、この二人は公爵家の一人娘の信頼にこたえてくれる、数少ない大人達だったのだ。




「私が聞きたいのは、なぜ45名もお嬢様付きから外したのか、ということでございます」

「いまさら聞くの?」

「お嬢様には数が必要でしょう」

「これからはいらないわ。45名を外したのは、単純に《人件費がもったいない》からよ」


「もっ……」




 もったいない、という言葉がお嬢様からでてくるとは、と言わんばかりに、ウォルターが目をぎょっとさせる。




「大体、公爵家に採用され今までやってこれていた時点で、彼女らは公爵令嬢(わたくし)の世話役だけでおさまるにはもったいない人材よ。45名も宝の持ち腐れ同然で働いているより、羽を伸ばせて働ける場所を斡旋(あっせん)してやった方が帝国の未来にとっても有益だと判断したの」


「う~ん、そうでしょうかぁ?」



 ベアトリーチェの意見に、給仕をしながらヘラがのんびりと首をかしげる。



「公爵令嬢であるお嬢様に(つか)えさせて頂けること自体が、あの者たちにとってはこの上ない《誉れ(ほまれ)》だとも思うのですがぁ」


「それが誉れであったとしても、いつ食い殺されるかわからないような獰猛(どうもう)な獅子の世話を自らしたがる子は少ないでしょう」


「お嬢様は気分屋さんなだけで可愛い子猫ちゃんなのですのにねぇ」




 う~んと、また反対方向に首をかしげるヘラ。

 それは、ヘラの(うつわ)が広いだけで、侍女らはまっっったくそう感じていないことはベアトリーチェが身に染みて実感しているので、ヘラの子猫ちゃん発言に苦笑していると「では、下位の娘たちはいかがされるおつもりで?」とウォルターが話を続ける。



「あの娘たちは、まだ不慣れで仕事を覚える前にいじめられてたというだけ。今、他家にやったとしても同じような境遇になって追い出される可能性が高いから、うちで引き取ることにしただけよ」


「ですが、お嬢様。実際問題、たったの《5名》では……」


「お嬢様の膨大な衣装や宝飾品、貴族の方々からの手紙の選別などの雑用がまかないきれませんよぉ」



 私も手伝いたいですが侍女長としての屋敷全体の仕事もありますし、と困り顔のヘラ。

 それは想定範囲内の質問だったので、ベアトリーチェは「だからこそ、こうして今後について会議しているんじゃない」とティーカップを置いた。



「朝の支度や食事の準備など、わたくしが動かなかったことで世話役に負担をかけていた部分に関しては、今後わたくしも動くことで効率化していきましょう。大体、お父様専属の召使いは10名程度で回しているのに、私に50人だったのが、そもそもおかしい話でしょう?」


「それは……」



 公爵様は《宰相》という役職上、情報漏洩を危惧して身元のしっかりした使用人を選抜した結果の人数であって――とウォルターが咳払いするが、ベアトリーチェはきかなかったことにして、「ヘラは明日から、上位者5名とわたくしのドレスや宝飾品の選別を。ウォルターは不要な装飾品やドレスを足がつかないように《裏ルート》で売却してちょうだい」と伝える。



「ドレスや装飾品に関しては、お母様の形見や、お父様からプレゼントされた品は残してほしい。あと、スカーレット公爵家の身元がわかる品も売らないように。それ以外のもの。つまり、わたくしが衝動買いしたものをメインに売ってほしいの。新しく普段使いのドレスを仕立てることもこれから先少なくなるから、汎用性がきくものは残しておいてほしいわね」


「残してほしいドレスの系統、色味にご希望はございますか?」


「ないわ。普段使いのドレスの選別はお前達の判断に任せる。わたくし、ドレスに興味をなくしたの」



 だって、わたくし自身(ベアトリーチェ)が一番美しいんだもの、というと「それはまぁそうですね」と二人はなぜかうんうんと納得していた。

 冗談のつもりだったが、しっかりと受け止めてくれたらしい。さすが、父親よりも年上の彼ら。器が違う。



「ですが、そうまでして浮いた人件費等はどうされるおつもりで?」

「今後のわたくしの活動資金に充てるわ」

「活動?」

「えぇ、すこしやりたいことがあってね」



 多くは語らないが、何やら楽しそうにしているベアトリーチェに、ウォルターやヘラも「やりたいことが見つかったのであれば結構ですが」とようやく観念してくれたようだ。



「それにしても、このような大量解雇ですと《公爵家に金がないのでは》などといらぬ噂を立てられる可能性が」

「あぁ、それについてももう考えてあるわ」

「なるほど、策がおありで?」



 ウォルターが片眼鏡(モノクル)越しに瞳を光らせる。

 70代とは思えないキレ味のある思考力を持つ執事長は、帝国の頭脳であるスカーレット公爵家の影の大黒柱だけあって興味津々に身を乗り出した。




「そういうわけで、さっそくだけどウォルター、ヘラ。お前たち忠誠心を見込んで」




 もう少し頼まれてくれる?

 ベアトリーチェの悪女の笑みに、ウォルターもヘラも、悪役さながらの軽薄な笑みで「なんなりと」「最善を尽くしますわ」と微笑んだ。

 








「ラザロ神官様!! ラザロ神官様!!!」




 起きてください!!

 荘厳(そうごん)な神殿内に響き渡るほどの声。まだ若い見習い神官の声だ。扉を壊す勢いでどんどん殴るように叩く音に、名を呼ばれた男が、「…………なんだ?」と胡乱な声で扉を開け、対応する。



 

「私は、さっき寝たばかりなんだが?」



 私室から出てきたのは、ぼさぼさのプラチナブロンドに、スカイブルーの瞳の下には盛大なクマ。

 血色と目つきが悪すぎる28歳独身の高位神官様が、悪魔のような声で見習い神官を睨みつけるも、若い神官は「たたたたたたいへんです!! 早馬(はやうま)が!! ラザロ神官に!!」と聞く耳を持たない。



早馬(はやうま)ァ? ………知るか、5時間ほど寝てから読むから置いておけ」

「駄目ですって!! まずいんですって!! 見てくださいよこの手紙の紋章!!」


 顔に押し付けられる勢いで差し出された手紙。あまりの圧に「ええい!! 鬱陶(うっとう)しい!!」と押しのける様な形で引き剥がした手紙の裏面には、赤の《不死鳥の紋章》。





「…………スカーレット公爵家ぇ?」

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