14★これは恋ではない
☆☆☆
《ちょっと!!》
「――神よ、お静かに」
《聞いてない!!! アタシきいてないわよ!!!!》
アンタ、元魔王と【恋仲】だったの?!?!?!
もはや耳元で唾を飛ばしながら話しかける神に「違います」とそっけなく答える。
これでわかった。どうやらこの異形の唇は自分以外にはみえないようだ。ちなみに、今はかぶりなおしたベアトリーチェの帽子の縁に唇がひっついている。
ベアトリーチェは神殿からずっとペースを落とすことなく、街中をハイヒールでつかつか歩いていた。目深に帽子をかぶり、鮮やかな赤髪をその中に隠しているため、すれ違う人々はその洗練された歩き方と、抜群のプロポーションに見惚れていたが、その視線をものともせずに前へ進む。
「恋仲ではございません。親友で幼馴染です」
《どうせ親友とか心友とか書いて【恋人】って読むんでしょ聖職者たちの認識では!!!!!》
「知らない文化ですわね……ところで、彼は《前世の記憶がない》という認識でよろしいのですか?」
《Magari》
「どちらのお言葉ですか……」
《『多分ね』って意味よ!!》
異形の神は帽子の縁で「ンフフフ」とほくそ笑んでいる。
《こんな美味しいネタを隠し持っていたなんて! 出し惜しみしないで、この神にあの魔王との馴れ初めを聞かせなさいよ!!》
「では代わりに、なぜ神獣が姿を現したのかお尋ねしても?」
《それはちょっと……アタシは便利なサポートタイプのモブじゃなくて傍観者なんで……》
「交渉決裂ですわね」
お答えできかねますわ、と言うと「そこをなんとか…!!」と泣いている。
「傍観者様ならば、わたくしの思考を読むことも今後は配慮していただきましょう」
《え!! そんな!! 唯一の楽しみが!!》
「配慮できないというならば天界にお戻りくださいませ」
《話し相手のアンタが居ないのに暇な天界にもどってどうすンのよ!! わかったわ! 読まないから!!》
アタシはプライバシーに配慮できるタイプの神なんでね!!
唇をへの字にしてブチブチと文句を言っているが、暇なのだろうか。暇なのだろうな。そういえば、天界でも神の従者は始終忙しそうに奔走していた。その忙しさのひとかけらでもこの神に分けてくれてもいいのに、と切に思う。
「――その様子ですと、他にも前世で関わりのあった方々を転生させていそうですね」
《う~ん、まあ確かに何人かさせとくわ~って言ったけど、アンタ以外は完全に目隠し手法での転生だったし……どの魂かまでは覚えてないわね》
なんせ、部下が作成して提出してきた転生候補者名簿に印を押すだけの仕事だったし、と、この神はとんでもないことを言う。魂の管轄部署の方々が日々疲弊している様子だったのを思い出して、あの時、茶菓子の差し入れや癒しの魔法をかけていてよかったと思った。
《せっかく第一攻略者に出会えたと思ったら前世で知り合いだった上に乱闘イベントも起きないし》
「なるほど。偉大なる神は神殿前での乱闘イベントをご所望でしたか」
《女同士の苛烈なキャットファイトを期待してたのに……アンタ、どうなのよ。前世で恋仲だった男が今世で自分にそっくりな聖女に言い寄ってるの見て、こう、なんかないの?!》
「だから、恋仲ではなく親友です」
親友で――大事な、《家族》だ。
私が《聖女》として、生まれて初めて天へ祈りを捧げ、《魂の安息を願う儀式》を執り行った人。
大聖女は、《一滴の血も流さず》に魔王を浄化した。
それは、事実ではあるが真実ではない。
確かに、大聖女自身は一滴も血を流さなかったが、私以外の全員は血を流し、魂を散らした。生き残った人間が少なかったから、後世に真実を伝える者が少なく、口伝えで話を《美化》されてしまっただけ――。
人間が《魔王》になる。
その瞬間、凄まじいエネルギーが地上に放出される。そのエネルギー量にたいていの人間は身体の形を保つことができず、四肢がバラバラになり――多くの魂が冥界へと連れていかれ、魔王の従属となるという。
だから、彼が魔王となり、駆け付けた時には誰一人、知り合いは生きていなかった。
孤児院も、領地もなにもかも。暴走した彼が殺してしまった魔術師や聖騎士の屍を超えて、彼を見た時。
彼は血にまみれた荒野の中心で、殺めた子供の亡骸を抱えていた。
綺麗だった紅いルビーの瞳は光をなくし、澱みきっていた。
ボロボロになった彼の身体を抱きしめて、泣きながら祈りの言葉を叫んだ。
冷たくなっていく彼の身体が光に包まれ、亡骸が残らず光となって消えていく姿を、ただただ泣きながら、なす術なく見つめることしかできなかった。
聖女による治癒の魔法も、身体から《魂》が離れてしまっている状態ではどうしようもない。
魔王においては、《死》を望んでいた。
私がもっと早く、孤児院に帰っていれば。
王都になんて行かなければ。
――《聖女》になんて、ならなければ。
ずっと一緒にいられると思っていたのに。
「彼が元気で、生きているならそれだけでいいんです。彼が幸せなら私はそれだけで満足です」
《――複雑じゃないの?》
「彼の選んだ相手にとやかくいうような小姑になりたくございませんわ」
くすくすと笑っていると、神がぼそりと《だから王子の求愛にも応じず、生涯純愛を貫いたわけね》と呟いた。
《恋、ちゃんとしてたんじゃん》
「……いいえ、彼への気持ちは《恋》ではありません」
はっきりと言葉にしつつ、皇帝の指先が触れた首筋に手のひらを当てる。ほんの少し掠めただけなのに、まだちりちりとした熱を持っているようだ。
それこそ、結界に触れた右手の火傷よりもよほど熱を持っている。
《物はいいようね、どうせ”愛”と”恋”は別物っていうんでしょ》
「違うのですか?」
《いーえ! こういうのは個人の主義主張だからとやかく言う気はないけどさ!! 恋をしたことのない大聖女様は死んだわけなんだし、悪女に転生したからにはもっと自由を謳歌してもいいと思うんだけどね!》
元大聖女様は頭がお硬くて鈍感でいらっしゃるようだから!? ひとまず話はこれまでとさせていただきます!と、拗ねた子供のような神の口調に、また苦笑する。
大聖女となった私の足元は、多くの家族の亡骸と途絶えた子供たちの未来の上で成り立っていた。
彼らの分まで生きるのだと歯を食いしばっていたら、120年も生きた。
120年間。
大事な人々が天へ召される度に、その先の未来で幸せが訪れるようにと、声が枯れるまで祈りの言葉を捧げ続けた。
皇帝の触れた首筋をぎゅうっと掴む。鋭い痛みが、心を律してくれるようだ。
私は――恋をする気はない。大切な人を失った時の心の痛みが今も体に残っているから。
結局、臆病者なのだ。
《それで? 結局聖女に会って何がしたかったのよ。やっぱ聖女マウント?? 私が大聖女様よ、ひれ伏しなさい! って言いたかったの??》
「――神よ、本気でそれをわたくしに聞くのですか?」
一段と低くなったベアトリーチェの声に、神の方が「え、何? こわい」と声を潜める。
「――今日、朝目覚めた時から。否、ベアトリーチェとして生をこの世に受けた時から、ずっとわたくしは気分がすぐれませんでした」
足を止めて、空を見上げる。
澄んだ綺麗な青空。
羽ばたく鳥たち。
一見、平和に見える街の景色。
「空気が、淀んでいます」
《やっぱ聖女マウントじゃん!!!!》
「この淀み方はおかしいです」
言葉にできない不快感。
ベアトリーチェの【悪女補正】があったとしても、侍女らのベアトリーチェのにむける異様な恐怖心や、民衆が悪女に向ける視線の苛烈さ。なぜだろう。なにかがおかしい。
「聖女様に会えば、何か少しでも原因がわかるのかと思いましたが……」
《ご希望の神殿にも入れなかったしねぇ………どうする? 男漁り行く?》
いい男探そ! と神が唇をきゅんと尖らせる。きっと、この神に瞳がついていたなら、きらきらと輝いていたのだろう。そんな神に向かって、ベアトリーチェは「そうですね」と返した。
《え?!?! マジ?!?!?》
「神殿が駄目なら、まずは街を知らなければいけませんからね」
《いいじゃん!! いいじゃん!! 金はたんまりあるんだし、煌びやかに着飾ってさ~!! 第二候補者との出会いにも期待……ところで、アンタどこに向かってるの?》
言葉とは裏腹に、どんどんにぎやかな中心街から離れていくベアトリーチェに、神が不安そうに話しかける。
その神の言葉には応じず、ベアトリーチェは右手の火傷痕をみつめながら、にんまりとほくそ笑んだ。
目当ての店は、もう目の前にまでせまっていた。




