12★過去と今とお謝罪バトル。
★★★
「――もう一度、名を名乗れ」
その顔は、まごうことなく今朝。父から手渡された釣書でみた顔。
《ダンテ・アレキサンダー・カドニウム皇帝陛下》。
そして、前世での《幼馴染》で、《親友》だった《男の子》。
記憶よりもずっと逞しく、凛々しい姿に目頭が熱くなる。
あの後。
兄弟のように成長した自分達は、そのままずっと一緒に過ごすかとおもわれていた。
しかし、偶然街に訪れた高位神官に、自分が《神聖力》を使えることを気づかれてしまった。
『王都に来て、聖女様になってください』と言われたが、自分は孤児院から離れないと頑なに断った。すると、神殿が自分の住む孤児院に寄付すると言い出したのだ。
『聖女として、王都に魔獣除けの結界を張ってくれるのなら、たまに孤児院に帰ってきてもいい』
出稼ぎだと思って――そう、国王にも説得された。
もちろん、親友である彼にも相談した。
『お前のしたいようにすればいい』
『でも、最後は俺のところに帰って来いよ』
彼は冗談めかしてそういった。
長年、彼にも自分が《男》と偽っていた手前、『高位神官として王都に行く』と伝えていたのだ。
『わかった。じゃあ、ちょっと出稼ぎに行ってくるから、孤児院は頼んだよ』
『おお、たっぷり稼いでさっさと帰って来い』
最後にお互いを抱きしめあって、別れた。
男同士でも親愛のハグはするもんだ、と教えられてから彼とはよくハグをしていたのだが、彼は自分を抱きしめる際に首筋に唇を押し付ける癖があった。それも自分のことを《男》だと思っていたからなのだろうが。
帰ってきたら《女》であったことを正直に告白しよう。
そう思いながら、離れた。
そうして帰ってきたら、彼は《魔王》として覚醒し、自我を失っていた。
そこから先は、あまり思い出したくない。
彼が消えた世界で天寿を全うし、天界に召された後。
《神》―――に、尋ねたら、根掘り葉掘り聞かれそうなのが嫌で、魂の管理者たる部署に赴いて尋ねたりもしたが、「冥界側の事は管轄外なので、申し訳ありませんが……」と取り付く島もなかった。
そして、今。
目の前に立つ、長身の体躯をみて改めて思う。
釣書を見た時は、まさかと思ったがこうして対面し実感した。
見た目は少し違っていても、凛々しい眉だったり意志の強そうな瞳は変わっていない、美しい彼のままだった。
――と、再会の喜びを噛みしめている場合ではなかった。
アレキサンドライトの瞳が、まっすぐにベアトリーチェを見据えている。
ジッと見つめられた途端、全身に射抜かれたような衝撃が走った。びりびりと身体が痺れ、心臓が跳ねる。何かの術を使われたわけでもないのに、鼓動が早まる――そうか、皇帝陛下に恋情を抱いていたベアトリーチェの《身体》が反応しているようだ。
く、苦しい。息が、できない。
質の悪い病気のようなこの感情が、《恋》だというのか。
「なんてことだ! 一緒にいらっしゃるのは《皇帝陛下》ではないか!」
ぜーぜーと呼吸苦であえぎそうになるベアトリーチェの背後で、民衆の一人が叫ぶ。
ベアトリーチェもだが、周囲もまさか皇帝殿下がこの場にいることに気付いていなかったようだ。不思議な現象だ。存在感が薄いわけでもないのに、どうやったのか。
「それで聖女様が神殿からお姿をあらわされたのね」
「やはり、お二人はそういうご関係……」
「女性に興味を持たないときいていた陛下が……足しげく神殿に通われるのも納得だ」
「これでこの帝国は安泰だ」
「――ねぇ、それではあの《《紅髪の方》》はスカーレット公爵令嬢?」
背後で剣呑にひそめられた声にはっと意識を向ける。
恐る恐る、目配せすると周囲を取り囲んでいた民衆は皆、怒りを堪えているような――負の感情をあらわにした目線で、ベアトリーチェを見つめていた。
「また皇帝陛下のあとをつけて……」
「このままだと聖女様に危害をくわえるのでは……」
「あまり見てはだめよ、言いがかりつけて殺されてしまうわ!」
「むしろ、このまま皇帝陛下に不敬を働いて極刑にしてしまえば――」
あんまりな言い様である。
私に親でも殺されたというのか?
しかし、この民衆と言い、聖女の態度といい。過去のベアトリーチェの悪行を鑑みると、当然の反応でもある。
事実、少し前のベアトリーチェであれば、この場にいる民衆全員を捕らえて《名誉棄損》として牢獄に叩き込んでいただろう。
脳裏に、悪女ベアトリーチェの凶行が浮かび上がる。
愛しい皇帝の横に、当たり前のように立つ聖女。それでいて、自分を排除しようとする聖女の姿に、怒りに飲み込まれ、嫉妬に狂い。聖女に手をかけながら呪いの言葉を浴びせる姿――皇帝陛下の目の前で行われた愚行。
そして、無残にも皇帝陛下の手で処刑される姿。
ぐらぐらと脳が煮えたぎる様な、熱くもだえ苦しむ感覚。
今朝、執務室で見た感覚と同じだ。やはり、これも《天眼通》なのだろうか。
この吐き気を催すような光景が《予見》だとしたら、この後の行動は決まっている。
目の前が揺れる中、ベアトリーチェはすっと息を吸い、静かに息を吐き出した。
「――大変申し遅れました。帝国の太陽にご挨拶を申し上げます」
ベアトリーチェは周りの言葉など、取るに足りない言葉だと言わんばかりに美しいカーテシーを堂々と披露した。
「ベアトリーチェ・スカーレットにございます」
どんなに周囲から蔑まれようと、高潔な振る舞いと不屈の心さえあれば手折られることはない。
わたくしは、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。
「………」
反応がない。
おや、おかしいな。完璧なカーテシーを披露したと思ったのだが。優雅な微笑みの裏で、ベアトリーチェは大量の冷や汗をかいていた。
おそらくだが、皇帝陛下には前世の記憶はないはず。
自分の転生は、神による《イレギュラーな手法》で行われたため記憶を持っているが、通常の転生なら前世の記憶は保持しない、と、魂の管轄部署の方から聞いた覚えがある。
それに、たとえ前世の記憶を持っていたとしても、これだけ《前世の自分》にそっくりな聖女が横にいるのに、自分がその人だと気づかないだろう。
「……本日は皇帝陛下に拝謁を賜り、光栄にございま――」
「面を上げろ」
話を聞いてほしい、最後まで。
今世の友人は会話の主導権を握りたがるタイプなのだろうか。人との会話を好んでいないようだった前世に比べて、前向きな方向に成長していることに感動したいところだが、ここは穏便に済ませたい自分としては早めに会話を切りあげてここから立ち去りたい。
今期トレンド色のルージュをひいた唇をこれでもかと噛みしめつつ、ベアトリーチェは意を決して淑女の笑みを張り付けた顔を上げた。
見上げた先の皇帝陛下は、やはり穴が開きそうなほどこちらをみていた。
その深淵をのぞき込もうとするような強い目線に気圧されないよう背筋を伸ばし、精一杯穏やかにほほ笑みかけてみる。
「スカーレット公爵令嬢」
「はい」
「お前には、私が見えているか?」
「は………」
はい?
これはどういった意図だろうか。
『お前、俺が見えているのか?』
過去の出会いを彷彿とさせる一言ではある。
しかし、彼には記憶がないはず。
それに、これだけの存在感がある皇帝陛下が見えないなんてことが――と、思ったが、ベアトリーチェはすでに自分がやらかしていたことを改めて思い出した。
そう。
皇帝陛下の御前で、皇帝陛下を無視して先に《聖女様に喧嘩売ってしまった》という、愚行。
あ、そうだ。絶対それだ。
意訳としては「この皇帝陛下を無視するとはどういう了見だ?」だ。
しまった~~~!!
どう考えても、そうとしか考えられない。しかも、民衆の話では、この二人はおそらく《恋仲》。
前世の親友が自分にそっくりな聖女と恋仲になっているという想定外の状況はこの際置いておいて。皇帝陛下の恋人に喧嘩を売ることは、皇帝陛下に喧嘩を売ることに等しい。
なぜ、こんな簡単な関連図を読み解けなかったのか―――つまり、この状況は不敬罪で、首を刎ねられる一歩手前―――死。
全然極刑ルート回避できていないではないか。
「……大変失礼したしました、皇帝陛下の御前でお見苦しい姿を」
まずいまずいまずい。
自分は人生二度目だからいいものの、《ベアトリーチェ》は違う。
まだ18歳のうら若き乙女だ。彼女にはまだ無限の可能性がある。その可能性を広げるために、まずは神殿へと訪れたのに、これでは破滅ルートにまっしぐらだ。ここは穏便に。どうにかして回避しなければと、ドクドクと病的に早まる鼓動を押さえつけるように胸に手を置き、謝罪の意思を伝えようとした時だ。
「……質問を変えよう」
う~~~~~~~~~~ん!! 渾身の謝罪機会回避されましたわ!!
弁解のチャンスすら与えられないというのですか?!
こうなったらもう、最終奥義《逃げる》しか――。
「先ほど滅多に姿をあらわさない《アレ》が顕現したが」
アレ?!
あれってなんですの!? このような命がけの場面で抽象的な表現は避けてくださいませんこと?!
おそらく破滅ルートに片足どころか半身くらいつっこんでいそうなベアトリーチェが白目をむきかけたときだ。
「テオに、何をした?」
そこで気付いた。
神獣・テオスカトリ。カドミウム皇家を代々守護するとされてる神獣。皇帝陛下の右手をちらりと見るとその親指には、父と同じ、カドニウムの紋章が刻まれた指輪が金に光っていた。
「アレは私の意思なくして姿を現すことはない。何をした?」




