11★《過去》
★★★
彼との出会いは小雪が降りしきる、ある冬の日だった。
「君、そこにいて大丈夫?」
「……」
時は、前世。
ベアトリーチェの身体に転生する前。自分が聖女として生きていた時代の、《《聖女になる前の話》》。
当時9歳だった私は、自身の身体に秘められた《神聖力》の存在も自覚しておらず、完全な平民。しかも孤児として、多くの子供たちとともに《孤児院》に住んでいた。
王都からかなり離れた田舎の孤児院だったので、運営元は神殿ではなく、その土地の領主様だった。
神殿運営の孤児院だったのなら、もう少し早く神聖力の存在に気付けたのだろうが、だからといってそれを悲観したことはない。その時は、それでよかったのだ。
ちなみに、両親は物心ついた時にはいなかった。理由はわからない。
いつから自分が孤児院にいたのかも不明だったが、別に知らなくてもいいと思っていた。世の中には知って傷つくこともあるからだ。そんな時代だった。
だからこそ物心ついた時には、自分は《孤児院のお姉さん的な存在》になるんだ思っていた。
実際はお姉さんではなく《女》であることが不利なこの世界を生き抜くために《お兄さん》のフリをしていたのだが。
前置きが長くなったが、その日は孤児院の買い出しの日だった。
寒い日だったから、近所のおじさんからもらったハンチング帽を深めにかぶり、布切れを集めてつくったマフラーに顔を埋めて走っていた。そうすると、見慣れない大人――怖い顔をした男二人が、なにやらこそこそ話しているのを見かけた。
そのあと、路地裏で《魔獣用の特殊な檻》に閉じ込められているボロボロの少年をみつけたのだ。
「君、そこにいて大丈夫?」
「……」
「そこはね、魔獣を閉じ込めておくようの檻なんだよ。子供がはいっちゃいけないんだよ」
私は小声で少年に話しかけたが、同じ年頃そうな少年は目も合わせなかった。自分で入ったようには到底見えなかったが、念のため尋ねてみたが無反応だった。
「うーん、じゃあやっぱり入れられちゃったのか……大丈夫? 痛いところない?」
私は檻の前に腰を下ろし、小声で少年に話しかけ続けた。いくら少年がぐったりしているからと言って、この状況で大声で話しかけることが危険だと本能的に理解できるくらいには、この町の治安の悪さは理解していた。
周囲を気にしつつも、根気よく少年に話しかける。すると、ちらっとだけ少年が目を開けて、こちらを見た。
血のような紅い瞳だった。意識があることに、ほっとした。それくらい寒々しい姿をしていたのだ。
幼い子供が魔獣用の檻に閉じ込められている。どう見ても常軌を逸した光景だったが、悲しいことにこの周囲では珍しくない光景でもあった。国境付近に隣接するこの町では、身寄りのない子供が国外に売られたり、誘拐されたりすることが頻発していたのだ。
それにしても《魔獣用の檻》を見たのは初めてだったが。
檻を施錠している錠前を見つめていると、少年から「おい」と声をかけられた。驚いた。まだ話せる体力があったのか。
「――お前、俺が見えてるのか?」
「え? 見えてるよ」
「……」
後から知った話が、どうやらこの檻には黒魔術がかけられていたらしい。常人には視えないようになっていたそうだ。そうとは知らない私は「とにかく早く出た方がいいよ」と錠前を掴んで、檻を開けようとした。
すると、少年がぎょっと目を見開いて「馬鹿か?!」と声を荒げた。
「勝手に触るな!」
「大丈夫! 僕、この開け方知ってるから!」
「……お前、男なのか?」
「どこからどうみても男だろ? というか今はそんなこと関係ないよ」
「おい、本当にさわるな! どうなるかわからないんだぞ」
なんでもないように返したが、自分を《女》だと見抜いた男の子に内心驚いていた。
この町で、女児の価値はかなり低い。
孤児でも、男でそこそこ身体が強ければ作業要員として生活させてもらえるが、力の弱い女の孤児はある程度育つと外国に売られることが多いのだ。
だから自分は、わざと男の子物の服を着て顔を泥だらけにし、髪の毛を帽子で隠した。積極的に肉体労働をして金を稼ぎ、自分が女だと知る育ての親に恩返しと称して金を渡して黙ってもらい、男言葉を使っていた。
これもすべて生きるため。
生きて、自分が大きくなってから孤児院の運営をして、子供たちを幸せにするため。
そして、こうやって売られていく子を少しでも助けるため。
「……本気で開けられると思ってるのか?」
「うん。最近できるようになったんだ。普通のなら針金で開けられるんだけどさ」
帽子から取り出した針金を見せると、少年が呆れたような顔をしていた。よかった。案外元気そうだ。
「でもこの形状の檻はね、針金じゃダメみたいなんだよ。だから、こうやって………指先から、この白い針金みたいなやつ出して」
言いつつ、人差し指の先から細く白い糸のようなモノを出す。
神聖力の自覚はなくとも、無意識にそれが《魔術系に有効な便利なもの》だという認識はあったのだ。それを錠前の隙間に差し込み、意識を集中させる。
「お前…………魔術師なのか?」
「違うよ、違うけどなんかできるんだよ」
ほらあいた! という声を同時に、錠前が外れる。彼は呆気に取られていた。
周囲を見渡し、人の気配がないことを確認すると扉を開けて、少年の手を掴んだ。
「行こう! 僕が住んでるところにくれば大丈夫だよ! 子供もいっぱいいるから一人増えてもバレないよ!」
領主様は管理が適当なんだ!
そういうも、少年は頑なに檻から出ない。
「……いけない」
「なんで?」
「お前、俺見てわかんないのかよ!!」
改めて男の子を見る―――赤い瞳に、闇のように黒い髪。
その時の世界では、《厄災の象徴》と言われていた。
でも驚かなかった。
先ほどすれ違った悪そうな男たちが「魔族の少年を捕まえた」「まだ子供だから高値で売れる」「研究者の貴族に当てがある」と話している声が聞こえたから、ここにきたのだ。
「……俺は《魔族》だ」
「違うよ、人間だよ」
「うるさい! この目見てわからねぇのかよ!」
「その目は《アルビノ》って言って生まれつき紅く見えるだけで君は普通の人間だよ。君は魔物みたいな怖い気配しないもの」
領主様の本で見たんだよ、そういうと男の子は口をあんぐり開けて驚いていた。
「――お前に何が……」
「しっ」
遠くで、「今、ガキの声が聞こえたような……」「他のガキの声だろ、あれだけ弱っていて動けるわけがねぇ」との声が聞こえる。この《白い力》は本当に便利で、遠くの声もよく聞こえる。見えない場所で悪い大人たちが動くのが見えるのだ。
「………早く行こう。気づかれる前に」
「うるさい! 俺といたらお前もどうなるか……」
「大丈夫だよ! こう見えて僕、結構強いんだよ! 変な力も使えるし!」
最近知ったんだけどねと笑うと、今度こそ言葉を失っていた。
「君の瞳は綺麗だよ。髪の色も。僕もさ、変な髪だって笑われたことあるから、わかるんだ。何も変わらない」
君も僕も、ちょっと変わった見た目をしてるけどちゃんと《人間》だよ。
笑うと、男の子はぽかんとしていた。
殴られたような傷やアザがあったが、とても綺麗な男の子だった。
「だからね。行こう」
僕が連れてってあげるよ。
それが、のちに《魔王》と呼ばれた少年――《ダンテ》との出会いだった。




