第5話 日常
第5話リンと花の日常
朝日が部屋に差し込む中、花は軽快な足取りで事務所の中を動きながら、リンに話しかけていた。ジンとカイが仕事に出かけた後、静かになった部屋で二人の穏やかな時間が流れている。
「ねえ、リンちゃん。今日はちょっと書類の整理を手伝ってくれるかな?」花が笑顔で声をかける。
リンは机に並べられた書類を見て、少し戸惑いながらも「うん、やってみる」と返事をした。
「ありがとう。簡単だから大丈夫よ。」花が優しく微笑んで、リンに書類の山を渡す。「これを日付順に並べてくれると助かるわ。」
リンは真剣な表情で書類を手に取り、一枚一枚確認しながら机の上に整然と並べていく。少しずつ手慣れてきた様子のリンに、花は微笑んで「すごい、上手だね!」と褒めた。
「ありがとう…でも、こんな仕事しかできなくて。」リンは少し恥ずかしそうに言う。
「そんなことないよ。誰だって最初はこういう簡単なところから始めるんだもの。私だって、最初は何もできなかったよ。」花が笑いながら返事をする。
「そうなの?花さんも最初は失敗したことある?」リンが興味津々で尋ねる。
「もちろん!最初の頃なんて、お客さんの名前を間違えちゃったり、伝票をなくしちゃったりしてね。カイくんにもジンにもすごく迷惑かけたのよ。」花は笑いながら、少し照れくさそうに肩をすくめた。
リンもつられて笑い、「なんだか安心した…花さんでも失敗するんだ。」と少し安心したように言った。
「そうよ。誰だって失敗するの。大事なのは、そこからどうやって学んでいくかよ。」花は優しい表情でリンに語りかけた。
「私ももっと上手にできるようになりたいな。」リンは真剣な表情で書類を並べながら答えた。
「きっとすぐにできるようになるわよ。リンちゃんなら大丈夫!」花はリンの肩を軽く叩いて励ました。
二人はその後も和やかな雰囲気の中、軽い会話を交わしながら作業を進めていった。書類整理が終わる頃には、リンも少し自信を持った表情を見せていた。
「終わった!」リンが嬉しそうに声を上げる。
「うん、バッチリ。助かったよ、リンちゃん!」花が拍手をしながら答える。
リンは少し照れながらも、「また何か手伝うことあったら言ってね!」と笑顔で言った。
一方、鈴木のおばあさんの家に着いたジンとカイ。古びた家の前で、彼らを待っていたのは小柄で元気そうなおばあさんだった。
「おぉ、待ってたよ。すぐにお願いね…また雨漏りしちゃってねぇ…」
カイが笑顔で答える。「了解です、おばあさん。すぐ見ますね。」
「いやぁ…昔はこんなことなかったんだけど…年取るとねぇ…」おばあさんは小さくため息をつきながら、家の屋根を見上げる。
ジンは屋根をじっと見つめ、梯子をかけて屋根に上がる準備をしながら無駄な言葉を交わさない。「カイ、道具を出せ。」
カイが素早く道具を手に取り、ジンに渡す。「これで大丈夫だな、ジン。」
「うん、すぐ終わらせる。」ジンは手際よく屋根に上がる。
おばあさんは少し不安げに屋根を見上げながら、「昔は旦那が全部やってくれたんだけどねぇ…今はもう一人で何もできないよ…」と呟いた。
カイが励ますように、「大丈夫です、おばあさん。俺たちに任せてください。」と声をかける。
「そうかい…助かるよ、本当に…」おばあさんは何度も頷きながら、二人の作業を見守っていた。
ジンは無言で作業を進め、古い板を取り換えながらカイに指示を出す。「そこを支えてくれ。」
「了解。」カイが指示通りに動き、作業がスムーズに進む。
作業を終えた後、ジンが屋根から降りてきた。「これでしばらくは問題ない。」
「ありがとうねぇ、本当に助かったよ…」おばあさんは感謝の気持ちを込めて、深々と頭を下げた。
カイが笑顔で「また何かあれば、いつでも呼んでくださいね!」と言うと、おばあさんはニコニコしながら手を振った。
ジンとカイは鈴木のおばあさんの家の屋根修理を終え、次の依頼先である町内のゴミ置き場へと向かった。ゴミ置き場のフェンスが壊れたという報告だったが、到着すると、そのフェンスにはただの壊れ方とは違う異常な光景が広がっていた。
「…あれ、これ普通じゃねぇな。」カイが眉をひそめ、フェンスの一部を指さした。
その部分は、まるで高熱にさらされたかのように溶けて、黒く焦げている。焼け焦げた金属のにおいが微かに漂い、フェンスは通常の損傷ではあり得ない状態になっていた。
「なんだこれ…ただの破損じゃなくて、溶けてる?焼けたみたいな跡がある。」カイは膝をつき、近くでそれを確認しながら口を開いた。
その時、町内会長の中年男性が近づいてきた。町内会長は薄い灰色のスーツを着ており、ジンとカイに対して大げさに手を上げた。
「おお、君たちが来てくれて助かったよ!まったく、こんなことが起きるなんて想像もしてなかったよ。」町内会長は焦った表情でフェンスの状態を確認し、ため息をついた。
「いやあ、こんな壊れ方、普通じゃないよな。」カイが町内会長に向けて言いながら、フェンスの焦げ跡を指差す。
町内会長も同じようにフェンスを見つめ、「そうなんだよ、何かが燃えたってわけでもなさそうだし…まさか誰かが何かやらかしたんじゃないかと心配でね」と不安げに話し始めた。
ジンはその会話を聞き流しながら、黙って工具を取り出し、修理を始めた。カイは町内会長に話を続けながら、フェンスの損傷について尋ねた。
「他に何か変わったこととか、妙なことがあったって報告は?」カイが問いかけると、町内会長は首を振りながら答えた。
「いや、特に目撃情報とかはないんだ。ただ、朝起きたらこんな状態でね。何かが自然に燃えたとかでもないし…不気味で仕方がないんだよ。」
「そりゃ不気味だな。とりあえず修理は任せておいてくれ。」カイは手を止めて、軽く笑いながら町内会長にそう告げた。
町内会長は頷きながらも、「頼むよ、君たちが来てくれて助かった。町内のみんなもこの状態に気づいたら、また騒ぎになるからね」と続けた。
ジンは手際よくフェンスの修理を進め、カイも手を動かしながら「心配しないでください、すぐに元通りにしますから」と軽い口調で返事をした。
修理が終わり、フェンスが無事に元に戻ると、町内会長は再度頭を下げた。「本当にありがとう、君たちのおかげで助かったよ。」
「いいえ、これが俺たちの仕事ですからね。」カイは笑顔で応じ、工具を片付けた。
ジンは一瞥するだけで特に言葉を返さず、カイに視線を向けた。「行くぞ。」短くそう告げると、二人は町内会長に別れを告げ、現場を後にした。
事務所に戻ると、二人は一息つくこともなく、次の準備に取りかかる。リンと花が事務所で待っている中、ジンは工具を片付け、カイも仕事の整理を始めた。
「ただいま。」カイが明るく声をかけると、リンが振り向いて「おかえり!」と元気に返事をした。
花も笑顔で「お疲れ様!仕事どうだった?」と二人に声をかける。
「いつも通り…と言いたいところだけど、今日のフェンス、ちょっとおかしかったんだよな。焼けて溶けてたんだ。普通じゃねぇって感じでさ。」カイは少し興奮気味に話し始めた。
「焼けて?それって何かあったんじゃない?」花が驚いた表情で問いかける。
ジンは特に反応を示さず、「仕事は終わった。それで十分だろ。」と短く言い、椅子に腰を下ろした。
「まあ、そうなんだけどさ…」カイはまだ納得していない様子だったが、ジンがそれ以上口を開かないので話を切り上げた。
「まあいいや、今日はもう休むか。」カイは手を伸ばし、リンに笑顔を向けた。「リンちゃん、事務所の片付けとか手伝ってくれたんだろ?ありがとな!」
リンは少し照れくさそうに笑い、「うん、頑張ったよ!」と答えた。
事務所の窓から差し込む夕日の光が、ジンの顔を照らしていた。彼はカイと短い打ち合わせを終えると、無言でタバコに火をつけた。リンは事務所のソファで花と話をしている。ジンは一瞬その光景を見つめ、何かを考え込んでいたが、すぐに思いを断ち切るようにタバコを深く吸い込んだ。
「行くか。」ジンはカイに短く言い、ドアに向かって歩き出す。
カイも軽く頷きながら、後を追った。「リンちゃん、絶対に両親を見つけ出すから、大人しくして待っててな。花さんもよろしく頼むよ。」カイは振り返ってリンと花に言うと、軽く手を挙げた。
「大丈夫、リンちゃんは私がしっかり見ておくから、安心して行ってきなさい。」花は笑顔でカイに手を振り、リンの肩に手を置いて微笑んだ。
リンも少し不安そうな表情を浮かべながらも、花の優しい声に少しだけ安心した様子だった。「うん…気をつけてね、ジン、カイ。」
「すぐ戻るさ。」ジンは短くそう言うと、事務所を出て階段を下り、カイと共に車へ向かった。
車に乗り込むと、ジンはエンジンをかけ、道路に出た。彼の目は前方をしっかりと見据え、目的地である紙に書かれた吉野茂の住所に向かう。
「この吉野ってやつ、信用できるのか?」カイが助手席で腕を組みながら問いかける。
ジンは視線を前に固定したまま、冷静に答えた。「まだわからん。ただ、あのUSBのことを知ってるだろうし、リンの父親のこと多分知ってるだろうしな。」
「何かつかめるかもな。」カイは腕を組んだまま、少し考え込んだ。
「傷の男のことも、奴に話してみよう。」ジンが短く言い、車のスピードを少し上げた。