チンチラシルバー マリーさんはツンデレ
お腹が空いた。
ので、あたしは起き出す。今日のごはんは何だろう。マシなものだといいけど。
「おはよう。マリー」
「お目覚めですか? マリーちゃん」
「今日も可愛いね。マリコは」
「マリー。ごはん用意してあるわよ」
ふっ、そんな言葉にだまされるあたしではない。ふむ。今日のごはんは猫缶か。すんすん。むっ!
コラッ! 下僕っ! また、大きな猫缶買ってきて、一回で出し切れない分、分けて出したなっ! 高貴なあたしは缶を開けたての新鮮なものしか食さんのだっ! こんなものはだな、手近にあった布を両手で引き寄せて隠してやる。
「あ、また、マリーが餌の皿、雑巾で隠しているよ」
「困ったね。一回で食べ切るような小さな猫缶も売ってはいるんだけど高くてねえ。かと言って安い大きい猫缶だとマリーは一回目しか食べないのよね」
「僕がカリカリ出しておこうか?」
「そうしてくれる。カリカリならドライフードだから空気に触れても劣化しないからね」
ザラザラと若いオスの下僕が別の皿にカリカリを入れる。むう、やむをえん。お腹も空いているから食べてやる。だが、覚えておけ、下僕ども。あたしが好きなのは開けたての猫缶なのだっ!
◇◇◇
「じゃあマリー。ブラッシングしますよ。長毛種ちゃんだからブラッシングしないと、毛玉がたくさん出来ちゃうんだよね」
むう、下僕の若いメスか。まあ上手に出来るんなら、あたしの体に触れることを許す。うむ、そうそう、そこだ。頭や顔、あごの下、首回りのあたりは気持ちよい。ずっとそこだけやっていろ。
うーん、背中かあ、そこはあまり気持ちよくないが、まあ嫌でもないので許そう。
! この下僕、横腹にクシを入れおったなっ! そういう無礼者はこうしてくれるわっ!
「フーッ!(必殺っ! 爪全開猫パンチッ!)」
「痛ったー」
下僕の若いメスの右手の甲から血がにじみでる。
「ハーッ!(思い知ったかっ! この無礼者っ!)」
あたしは全身の毛を逆立てて威嚇する。
「マリー。やっぱりお腹の方はブラッシングさせてくれないよ。毛玉がたくさんできちゃうのに」
「マリコはプライド激高だからなあ。『わらわの体に触れるでない』か。他の家の猫も不満があると猫パンチするってけど、爪全開なのはマリコだけみたいだよ」
「全く困ったもんだよ」
えーい、下僕の無礼のおかげで気分を害したわ。かくなる上は下僕どもの手が届かぬ、お気に入りの場所、日当たりの良いタンスの上でお昼寝じゃ。誰にも邪魔させんぞ。
◇◇◇
目が覚めた。お腹が空いたわけでもなければ、トイレに行きたくなったわけでもない。禍々しい気配に気づいたのだ。
「おいっ、そこの魔物っ! この家に何の用だ?」
真っ黒い体をした魔物は一瞬ビクッとしたがすぐに振り向くとこう言った。
「何だ猫か」
「あたしの質問が聞こえなかったのか。この家に何の用かと聞いておる」
「ふん。魔物の用件は一つしかあるまい。この家の人間どもに災いをなしにきたのよ」
「それを許すわけにはいかんな」
あたしはひらりとタンスから飛び降りる。
「この家はあたしの縄張り。ここの人間は全てあたしの下僕だ。よそ者の勝手にはさせん」
「ふん、猫の分際で何ができる」
「ほざきよったな」
あたしは変身する。幸い下僕どもは真夜中で寝入っている。この姿を見られることもない。
「むう」
うなる魔物。
「全身銀色の和服に足まで伸びる長い銀髪の人間体。なかなか綺麗じゃないか。しかし、おまえ、ブラッシング嫌いだろう。髪の毛ボサボサだぞ」
「やかましいわっ!」
あたしは長い銀髪を逆立てると、右腕を前に出し、ファイティングポーズを取る。
「何がどうだろうが、あたしの縄張りを荒らそうとする奴は許さんっ!」
魔物は対応しようとしたが、あたしの方が早い。奴の顔面に必殺爪全開猫パンチッ! 間髪を置かず、この家の下僕どもが恐れをなす、マリーの全力噛みつきだ。
「うわっー、何だ何だ。痛い痛い痛いーっ」
下僕どもを痛がらせるのが目的だった魔物は逆にあたしに痛い目に遭い、消滅していった。
◇◇◇
パチパチパチ
後ろから拍手が。
「何だ、隣の家の『雑種』じゃないか。いつの間に入ってきた?」
「あーマリーちゃん。今は『雑種』と言っちゃいけないんだよ。『ミックス』と言わないと。それに僕にはご主人様がつけてくれた『ボローニャ』という名前があるんだからね」
ヘラヘラ笑うボローニャ。こいつは本体が茶色で短毛種のオス猫だから、人間体になると短い茶髪の少年になる。
「何が『ボローニャ』だ。おまえなんか『ボロ』で十分だ。で、何の用だ? 『ボロ』」
「相変わらず口が悪いね、マリーちゃん。実は僕の家にも魔物が来てね。何が原因か調べてみたの。お座敷猫のマリーちゃんと違って、僕は外にも出られるから調べられたんだよ」
「ふん」
あたしはうなる。ボロの奴の偉そうな態度は気にくわないが原因が何かは知りたい。
「仕方ない聞いてやる。何が原因だ?」
「まーったく、素直じゃないんだからマリーちゃん」
ええい、ボロめ。「雑種」いや「ミックス」の分際で生意気な。
「あのね。僕たちの家の北側の空き地があるじゃない。あそこに新しい建物建てるため、人間が機械を使って、土地を平らにしていたの。その時に魔封じの石碑倒しちゃったみたい」
あたしは呆れた。
「人間て馬鹿なのか? 魔封じの石碑ならオーラ出しているからすぐ分かるだろうが?」
「普通の人間には分からないんだよ。ともかくこれからこの周辺には魔物がどんどん出てくるから災いもたくさん起こる。そこで気づく人間が現れれば、この事態も収まるだろうけどね」
「気の長い話だ」
「でも僕はご主人様を全力で守るよ。僕のいる家には魔物なんか入らせない。マリーちゃんもそうでしょ? ご主人様たちを全力で守る」
「あんたと一緒にすんじゃないよ。このボロ猫」
あたしは思い切り不機嫌になる。
「うちにいる人間どものことを『ご主人様』なんて思ったことないわ。あいつらは気の利かない『下僕』だ。『げ・ぼ・く』。まあしょうがないから、守ってはやるが」
あたしのその言葉にクスクスと笑い出すボロ。
「またまたー、そんなこと言ってー。マリーちゃん、この家の人たちのことが大好きなくせに」
カーッ あたしの頭に血が上る。
「ボロ。その辺にしとかないと、さっき魔物に喰らわせた必殺爪全開猫パンチと全力噛みつきをあんたにも喰らわすぞ」
「おーこわいこわいこわい」
ボロはそう言いながら我が家のガラス戸をすり抜けて、外に出る。
「じゃあね。マリーちゃん、また遊びに来るからね」
「もう来なくていい」
「またまたー、僕が来ないと寂しいくせに」
本来の姿である全身茶色の短毛種の猫に戻ったボロは足早に隣家に帰って行った。
◇◇◇
「ふうっ」
あたしは息を吐いた。そう言えばお腹が空いたな。まだ皿にカリカリが残っていたはず。あたしは皿のあるところに向かう。
今は真夜中だ。下僕どもは心地よさそうに寝息を立てている。全くいい気なもんだ。こっちは一戦交えてきたというのに。
まあいい。気の利かない下僕どもだが、たまにはおいしいごはんをくれなくもないし、たまには気持ちよいブラッシングをしてくれなくもない。それがなくなるのも嫌だから守ってはやるとしよう。あたしの縄張りに魔物ごときが入ってくるのも気にくわないしな。
などと思いながら、あたしはカリカリを食べた。