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09 理解者


「……ただいま戻りました」


 少しだけ肩が軽くなったような気がしながら、生徒会室へと足を運ぶ。

 扉を開けると、夕陽に照らされている黒髪美人がこちらを見ていた。


「やあ、ご苦労だったね(みお)


 屈託のない笑みに、人との隔たりを感じさせない柔らかい声音。


「いえ、青崎(あおざき)先輩の手をわずらわせる程の事じゃありませんから」


「頼もしいね。澪のことだから、上手くやってくれたんだろ?」


 上手く……いったのだろうか。

 自信満々とまではいかないが、まあ無難には終わらせたんじゃないだろうか。


「一応は着こなしを正すことは出来ました」


「すごいな。先生方だって出来ないのに」


 まあ……一応、義姉なので。

 上手くアドバンテージを使っただけなような気もする。

 こんな事を青崎先輩に言えるわけもなく、隠し事をしているのはどこか後ろめたさも感じた。


「そんな事ありません」


「澪はいつだって謙虚だね。その姿勢は美徳だと思うよ」


 この人は、そんなに私を賞賛して何を求めているのだろう。

 私には、何も返せる物なんてないのに。


「—―どうだか。白花(しらはな)ハルがその場しのぎで直しただけじゃないの?」


 そこに、水を差すような冷たい声音が響く。

 生徒会室の中央にはテーブルが並び、パイプ椅子に座るのだが、その端にもう一人先客がいた。


「……叶芽(かなめ)、どうしてそんな意地悪を言うんだい?」


 —―結崎叶芽(ゆいざきかなめ)


 生徒会書記で、私と同じ二年生。

 長い髪を左右に結った、いわゆるツインテール。

 大きな瞳に小柄な体躯は庇護欲を搔き立てる愛らしさがあった。

 しかし、その愛らしさが私に向けられることはない。


「だってそうじゃないですか。制服なんてどうとでも出来るんですよ? 学校の外に出てまた着崩していたら意味ないじゃないですか」


 ツンツンとした棘のある言い回しだった。


「それでも進歩じゃないか。今まで白花ハルはそれすらしなかったんだから」


「一歩進んでも、また一歩下がったら結果は何も起きてないと同じなんですよ」


「困ったことを言うね。こうして澪が頑張ってくれたんだ、少しは労おうじゃないか」


「ですから、水野(みずの)だから怪しいと言っているんですよ青崎会長」


「どういうことだい?」


 本人そっちのけで話は進む。

 結崎叶芽は、その大きな瞳を私に向ける。

 その眼光は可愛らしさとは対極の鋭さを伴っていた。


「水野が生徒指導を出来る人間だったら、白花ハルは最初から模範的な生徒なはずです。……それを今更、このタイミングで更正出来るとは思えませんね」


 敵意。

 彼女の私に対する態度を言葉に表すなら、そういったものだろう。

 その激しい感情がどこから由来しているのかも、何となく分かっている。


「私が微力なのは認めるけれど、だからと言って貴女に出来るとも思わないわね」


「はあ?」


 私の返事に、叶芽は分かりやすく反感を示す。


「白花ハルが言う事を聞く相手なんて、私くらいなんだから」


「水野の言う事しか聞かないって……?」


 結崎(ゆいざき)は怪訝そうな表情を隠そうともしない。

 我ながらムキになっておかしなことを口走ってしまったとは思っているが。


「ええ、そうよ」


「それは青崎(あおざき)会長でも無理って言ってるようなものなんだけど……自分で何言ってるのか分かってんの?」


 ……ああ、なるほど。

 話をそっちに飛躍させていくのか。

 確かに私の発言だと青崎先輩でも不可能だと言っているようなものだ。

 問題なのは、青崎先輩よりも私の方が上だという主張に捉えられること。

 そんな発言を結崎が許すはずがない。


「まあまあ、叶芽(かなめ)(みお)が言うように本当に白花(しらはな)ハルは私の話にも耳を傾けてくれなかったんだ。間違ってないよ」


「会長……そんなはずがありません。会長の説得の後だから白花ハルは水野(みずの)の発言に感化されたに過ぎません」


 なるほど、どうあっても結崎は青崎先輩を立てたいらしい。

 いや、それ自体を否定しようとは思わないのだけど。


「いやいや、そんな事ないよ。私なんかは完全に門前払いだったんだから」


「白花ハルは常識知らずで素行不良のダメ生徒。そもそも、あんなの会長が相手するべきじゃないんです」


 ……なんだろう。

 胃がムカムカするような感覚。

 そもそも、私はここに来てからずっと自分らしくない。

 結果だけを報告すれば良かったのに、ムキになって白花ハルに対する優位性を主張してしまった。

 いつもの私ならそんなリスクを負うはずがないのに。


「結崎、貴女は何もしていないのだから横から口を出すべきではないわ」


 感情の荒立ちに任せて言葉を交わすなんて、私らしくない。

 それでも、今はそれを抑えることが出来ない。


「……なんですって?」


「結果だけを見て、横やりを入れるなんて誰でも出来る二流のやることよ」


 私の発言に、結崎は反論はしてこない。

 しかし、その目は一切の納得を示しておらず、不快感だけを湛えていた。


「あ、あのね? 生徒会はみんな仲間なんだから、もっとにこやかに楽しく活動して欲しいなとは私は思ってるんだけどなっ」


 そして、青崎先輩が困ったように笑いながら仲裁に入る。

 それは本当に申し訳なかった。


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