36 染まる時
「私とハルの関係性?」
「そうよ、あんた達って何なの?」
青崎先輩との経緯を話すのに、当然だがハルとの仲も結崎には伝えている。
だが、結崎の中ではそれでは説明のつかない部分が残っているようだ。
「何と聞かれても困るわね……」
義理の姉妹、ではあるのだが。
それは私とハルを繋げたきっかけではあっても、今の私たちにとってその言葉はさほど重要ではない。
姉妹と口にすることはあっても、お互いに本当の意味で姉とも妹とも思っていないのだから。
「まさかただの友達ってわけではないでしょ?」
「なぜ断定口調?」
「青崎会長の反応を見たらわかるのよ」
因果関係は分からないが、結崎には確信めいたものがあるらしい。
とは言え、当たらずも遠からずなのかもしれない。
姉妹というほど肉親感はないけれど、友達と言うには近すぎるような気もする。
意外にも答えに窮する自分に気付いた。
「……もう付き合ってるの?」
「え?」
結崎の斜め上の発言に、思わず聞き返す。
「いや、だから白花ハルと付き合ってるのかって聞いてるのよっ」
聞き間違いではなかった。
確かにハルとの恋愛関係についての問いだった。
「なんでそうなるの?」
「なんでって……色々複合的に推理したらそうなるのよっ」
「何をどう推理したのよ」
「全部は言えないけど……例えばほら、それこそ白花ハルよっ。あいつがあんたの言葉一つで格好を変えるなんてただの友人関係なら有り得ないでしょ」
「そうとは言いきれないでしょ」
ハルは今の所ではあるが、私以外に近しい人物がいない。
案外、他の人でも友人の発言だったならアドバイスを聞き入れたのかもしれない。
「わたしを舐めるのもいい加減にして。あの女が友人の言葉一つでコロコロ服装を変えるわけないでしょ」
「現に変えてるじゃない」
「……あー。なるほど、青崎会長に続いてそっちもか。りょーかい」
結崎の目が急に点になった。
ため息混じりでやれやれと首を振っている。
「いい? 水野澪、基本的にあんな華美な女が自分の個性を変えることってないの。でも女である以上、それを一瞬で変えるタイミングがあるの。どんな時か分かる?」
なぜか諭すような口調で私に語りかけてくる。
上から目線なのが若干気になるが、それは放っておく。
それくらい考えればすぐに分かる事なのだから。
「ファッションの流行が変わった時でしょ」
ハルはファッションを楽しんでいる。
ファッションと流行は切り離せない。
であるならばハルも流行が変われば服装を変えるだろう。
「あんたって本当はバカなの?」
「……」
百点満点の回答をしたと思ったのにバカ扱いはさすがにイラッとくるものがあった。
「ちゃんと話の前後の意味を考えなさいよっ。あんたに言われてファッションの流行が変わった訳でもないでしょうにっ」
……そうだった。
何なら私はハルに私服を持っていないと思われた人間だ。
流行とは逆行している人間がファッション関連の発言に繋がるはずもなかった。
「結局、結崎は何が言いたいのよ」
「はぁ……これだから朴念仁は」
さっきからずっと結崎にため息混じりで罵倒されている。
ムカつく。
「女が変わる時は、好きな人の好みに合わせる時に決まってるでしょ」
「……あ」
なるほど。
そういった人達がいる事くらいなら私も知っている。
好きな人のためなら、その人の色に染まる事が出来るらしい。
私には分からないが。
「あれ、待って……という事は」
「ふふ、ここまで来ればさすがにあんたでも分かるでしょ」
結崎は何だか勝ち誇った様子でカフェモカに口をつける。
そこまで言われれば、私だって理解する。
「ハルに彼氏が出来たってこと?」
「ぶふっ!」
結崎は吹き出しそうになっていた。
「……汚いわね、貴女」
「誰のせいよっ! 誰のっ!」
私のせいではない。
「何をどう理解したらそうなるのっ!? 白花ハルに男の影なんてあったわけ!?」
「……ないと思うけど」
「でしょうねっ! そうしたら他に誰がいるのよっ!」
「……結崎の推理が的外れ?」
「前提から覆すなっ! いるでしょうがっ! そうとしか思えない人物がっ!」
そうは言うが、男の影などないのだし。
結崎の言っている事が間違っていると考える方が自然だ。
「分かった! あんたよあんたっ! 水野澪!」
「……え」
「白花ハルはあんたの事が好きだから言う事を聞くんでしょっ、考えたら分かるでしょっ!」
「……え?」
それは、つまり、どういう?
「言った通りよ、あんたの事が好きだから白花ハルは自分のプライドすら曲げたのよ。あんたに嫌われたくないからね」
「……そんな事で?」
「だいたい青崎会長との件だって、水野に対する嫉妬心が発端になっているだけじゃない。あいつ妙に敵対心を見せてくると思ってたけど、アレは水野澪と仲良くしている生徒会に対する反骨心だったんだわ」
「……」
「言葉が失われているわよ、水野澪」
いや、私とハルとの仲は深まっているとは思っていたけれど。
そういった恋愛感情によるものかと問われると、それは……。
「それは確かめた事がないから分からないわ」
「……あんたがそんな感じだから白花ハルも一歩引いちゃうんだと思うんだけど」
今日は何度結崎に溜め息をつかれただろう。
私はぐるぐると回る思考を整理しようと試みるが、今の所は空回りを続けている気がする。
「あ、ハルに連絡しないと」
急に思い立って私はスマホを取り出す。
整理がつかないから別の事を考えて逃避したいのかもしれない。
結局はハルの事を考えているのだけれど。
「何の連絡よ」
「帰りが遅くなるようなら連絡するように言われているの。何があるか分からないからって」
簡単な文章でいいと言われているので、私はラインを起動。
【放課後、結崎に誘われて喫茶店に来ています。もう少ししたら家に戻ります】
と、文章を完成させる。
「まるで恋人の帰りを心配しているような束縛ね、それ」
「……」
送信しようとして、その指が止まる。
「あはは、ちょっとそうかも? って思ったんでしょ。いいじゃない、それならなそれで」
いや、偏った情報に流されるのは良くない。
人は情報を無理やり関連付ける能力も有している。
今は何でもハルと恋愛に結びつけてしまう脳になっているだけだ。
冷静さを取り戻そうと、送信ボタンを押す。
――ピロン
既読がついて、すぐに返信が返ってきた。
「あら、早い返事ね。心配で仕方がない白花ハルは何て送ってきたのかしら?」
結崎が面白おかしく煽ってくる。
そこまで言うならと、私は届いた文面を音読する。
「えっと【結崎とか、世界一時間の無駄だから早く帰れ】……ですって」
「あいつ単純にわたしの事は嫌いなだけなのねっ!?」
どうやらハルと結崎との間に相容れない何かが存在しているのは分かったけれど。
私はそれよりも、ハルの気持ちについて考えを巡らせるばかりだった。




