27 眠気と共に
楽しかった休日は終わり、平日が訪れる。
学校の日々が始まるのだ。
私は朝食の準備し、一人で食べていた。
「……はよ」
すると、眠気眼のハルが二階から降りてくる。
今日も今日とて寝起きは悪いらしい。
寝坊しないだけ良いけれど。
「ハル、ここ」
私は自分の胸元を指差して、ハルに見せる。
「ああ……へいへい」
そのジェスチャーだけで、私の意図は伝わった。
いつも通りブラウスのボタンが空いていたのを、ハルは渋々閉める。
「あたしの個性が消えていく」
彼女にとって服装は個性である事は理解しているが、先生方や生徒会に目をつけられて得する事なんて一つもない。
これは彼女の為でもある。
「そんなボタン一つで消えるような個性じゃないでしょ、貴女」
「どういう意味?」
ハルは対面に座り、私が用意したスクランブルエッグにモソモソと口をつける。
寝起きのハルはいつも以上に頭が回らないらしい。
「ハル自身に個性があって魅力的な容姿をしているから、服装なんか関係ないってこと」
「……朝っぱらからあたしの気持ちを揺さぶるのやめてくれない?」
何でか分からないが苦言を呈された。
私なりのフォローの何がいけない。
「事実でしょ?」
「いや、そうかもしんないけど。そのまま言われると困る事ってあるだろ?」
「褒め言葉で困る事ってあるかしら?」
「いや、澪さぁ……人に褒められたことないわけ?」
それはいくら何でも私の事を馬鹿にしすぎだろう。
人に褒められる事くらい多くはないが当然ある。
「頭が良さそうとか、サブリーダーっぽいとか、クールだね、とか」
「あ、うん……。なんか最後のは違う気がするけど……まいいや。それ言われたらさ、澪はどう思うのよ?」
「そうなるように努力しているから予想通りね、と思っているわ」
「澪に聞いたあたしがバカだったか……」
ハルはあさっての方向を向いてスマホを触っていた。
いや、食べろ。
「朝食の時くらいスマホを触るのやめなさい」
「うげ、段々お母さん化してきてるし」
「したくてしてるわけじゃないわよ」
「はー……あたしからスマホを取り上げたら何が残るんだか」
いくらでも素晴らしい物は残っているから、そのスマホ依存はやめて欲しい。
「ま、仕方ないか」
ハルはそうは言いつつも素直にスマホを置いた。
この子はいつの間に、こんなにも私の言葉に耳を傾けるようになったのだろう。
逆にこちらが面を食らってしまう。
「良かったわ、その恰好なら文句も言われないでしょう。私は先に行くわね」
こんなにも品行方正なハルなら、学校ではもう問題児扱いはされないだろう。
私は食べ終わったので、学校へと向かう事にする。
「……前から思ってたんだけど、何でいつもこんな朝早いわけ?」
朝練をしている部活の子ほどではないが、それを除けば確かに私は早い方だった。
だが、それにも理由はある。
「生徒会の仕事、雑務は朝の方に済ませておく方が楽なのよ」
特にここ最近は予定よりも早く帰宅してしまう事が多かったので、雑務を溜めてしまっている。
そろそろ一気に片付けておきたかった。
「ふぅん、好きだね、生徒会」
「……いや、好きなわけではないけれど」
途端に、というか露骨に。
ハルは面白くなさそうな態度をとる。
食べている手を止め、足をぶらぶらさせ、私との目は合わせなくなる。
生徒会に関する単語は、まるでタブーのように感じられてきた。
「朝から青崎とご一緒するわけだ」
「いたらダメなの?」
「青崎が移る」
「移らないわよ……」
そんな理由で生徒会に行くなという人間もハルくらいだろう。
「あの人は朝は来ないわ。いつも私一人」
結崎も滅多に来る事はない。
二人とも私より要領が良いからか、仕事は溜まらないらしい。
生徒会に来れば二人がずっと喋っているのに、仕事を残しているのは私の方なのは謎で仕方ないのだが……。
「じゃあ行かなくていいだろ」
それは論理がおかしい。
青崎がいたら行くなと言い、私一人でも行くなと言う。
どちらにしても結論は“行くな”という、暴論だった。
「なに笑ってんだよ」
「ハルらしいと思ってね」
マイルールすぎて面白かった。
相手の意見は関係なく、自分の意見を押し通す感じがハルらしい。
私にはないその姿勢は、新鮮に映る。
「……ふん、冗談言ってるわけじゃないんだぞ」
「どっちにしても駄目よ。必要な事なんだから」
「こっちは澪の言うこと聞いてるのに」
“澪の言う事を聞いている”というのはきっと、制服の事を言っているのだろう。
だが、澪は規律に反して、私は規律に則っている。
それは天秤には掛けられない。
「……困る事を言わないでもらえるかしら」
とは言え、私も反応に困ってしまう。
そこまで生徒会に嫌悪感を示す事自体があまりに稀有だ。
「ふん、いいさ。好きにしな、どーせあたしの言う事なんて聞かないよな、副会長様は」
「昨日、ハルの言う通りに試着したじゃない」
アレはアレで、私の中ではなかなり譲歩をして頑張ったのだ。
ハルのブラウスのボタンを閉めさせると対極になる行為を私もしていたと思う。
「プライベートはな、学校は別なんだろ」
「……そういう事ではないけれど」
もぐもぐと、ハルはスクランブルエッグを咀嚼する。
私に文句を言いつつも、私が作った料理を口にしている姿を見ると、否定されているのか肯定されているのか、何とも言えない気持ちになる。
それでもまあ、良い空気ではないのは確かなのだけれど。
「もう時間になるから、行くわね」
「……」
「私一人なんだから問題ないでしょ?」
「……うん」
不満を無理やり飲み込むような、そんな頷き。
どこか後ろ髪を引かれる思いが、胸の奥に残留した。




