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8-運命の番/最終話



 燦然と瞬く夜景が一望できる高層ビル上階の和食ダイニング。


 和モダンなディスプレイ、控え目な照明の元、予約していたテーブル席個室で向かい合った二人はスパークリングワインで乾杯した。


「仕事お疲れさま、久世サン」

「野宮さんもお疲れさま」


 誕生日でも記念日でも連休でもない、ありふれていながらも毎回待ち遠しくなる週末の夜だった。


『なぁ、久世サン、たまにはすげー贅沢してイイトコで飲むの、どう?』


 野宮が提案し、久世が選んだ場所で、スーツを着た残業帰りの二人はいつもよりリッチな食事を愉しむ。


「やばい、口に入れたらすぐなくなる、この肉」

「ほんとだ」

「なぁなぁ、せっかくだしロゼ頼もうよ、久世サン」

「せっかくだし、ね、頼もうか」

「何か俺達オトナって感じ」

「いや、十分オトナだし、もうすぐ三十だし」

「まーそーなんだけど」


 ほろ酔いになって、取り皿に乗っけた箸をふとした拍子に落っことしそうになる、相変わらず手元が危なっかしい野宮に久世は言う。


「綺麗だね」

「えっっ?」

「夜景」

「あ……っうん、そだな」

「自分が綺麗だって言われてると思った?」


 頬杖を突いて夜景に見入る久世の横顔に見惚れつつ野宮は口を尖らせた。


「久世サン、意地悪だ」

「野宮さんは綺麗っていうより可愛いから」

「俺、もうすぐ三十のオトナですけど?」

「いくつになっても可愛い人だと思うよ、きっと」


 騒々しいくらい煌めく夜の街並み。夜景を見渡せる壁一面の窓ガラスに顔を向けたまま、流し目で野宮を見つめ、久世はゆっくりと微笑む。


「ん? 何? 人のこと見て上機嫌そうに笑っちゃって?」

「ロゼの色と比べてみた、照れて赤くなった野宮さんのほっぺた」

「変わったことしてんね。じゃあ俺も変わったことしよ」

「うん?」

「ほら、ロゼ越しの久世サン、しかも夜景つき」

「面白いことしてるね」


 片目を瞑った野宮はバラ色のお酒が揺らめく華奢なグラス越しに久世を見つめ返す。

 ロゼ越しに見つめ合った二人は。

 あんまりにも他愛ない戯れに興醒めするどころか、箸まで落っことして笑い合うのだった。




 高層ビル上階から地上へ降り立った二人は、深夜まで営業している最寄りのおにぎり専門店で締めの赤だしとおにぎりを食べて帰宅した。


「なぁ、久世サン」

「ねぇ、野宮さん」


 マンション二階の野宮宅へ極自然に寄り道した久世と、住人の野宮は、堰を切ったように同じタイミングで口を開いた。


 まだスーツも脱いでいない、ネクタイをしたままの彼らの両手には似たようなコンパクトなケースが。


 それまでビジネスバッグの底に忍ばせていた互いのソレを目の当たりにするなり、双方共に呆気にとられた。


「だって、こういうのはポジション上、僕からプレゼントするものじゃない?」

「なんでだよ! 俺だってオメガとはいえ男だぞっ、俺だってあげたいもん!」


 深夜に野宮はつい大声を上げ、我に返って口を閉ざし、久世としばし見つめ合って、二人揃って苦笑した。


「ほんとはさ、あの店で渡す予定だったんだけど」

「うん、僕も。でも、何だかね」

「照れくさいの極み?」

「正しくソレ」


 ソファに座るでもなくリビングの片隅に立ったまま二人はケースを交換した。開けてみれば自分が買ったものと似たり寄ったりのペアリング。どちらもシルバーで、シックで、普段使いに適したデザインだった。


「どうしようか」

「じゃあ、俺が買ったのを久世サンにはめてもらって、久世サンが買ったのを俺がはめよっか」

「それだとペアリングにならないし? それぞれ一つ余るけど?」

「まーいーじゃん、せっかくだし、余ったのはそれぞれ宝物にしよ?」

「……じゃあ、せっかくだから、こうしよう」

「……こだわるね、久世サン?」


 交換したケースを再び手元に戻した二人は。

 教会でもない、タキシードでもない、生活感に満ちた薄暗いリビングで、仕事着のスーツ姿で。


 自分が選んだリングを相手の左の薬指に捧げ合った。


「どっちも俺達自身のために選んだもの」


 野宮は左手を目の前に翳し、サイズがぴったりのリングに照れ笑いを浮かべる。


「これもう立派にペアリング成立してるって……なぁ、凛一?」


 まだ呼び捨てに慣れずに赤面している野宮に煽られた久世は内心ムラムラしつつ、ほんのり笑いかけた。


「そうだね。二人だけの絆。大切にしよう、紘」


 どちらからともなく寄り添い、抱き締め合う。

 尊い昂揚感に二人して時間を忘れてどっぷり浸かった。



「――そうだ、アレ、してみる?」



 野宮の茶髪に鼻先を沈めていた久世は「アレ」が何なのかわからずに「アレ?」と素直に聞き返す。


「うなじ噛むってやつ」

「ああ。運命の番の」

「久世サンは時代錯誤って言ってたけど」

「久世サンじゃなくて凛一ね。というか、紘は都市伝説とか言っていなかったっけ」


 とりあえず抱擁を解いて二人は向かい合った。


「唯一無二の絆で結ばれてみたくない?」


 野宮の潤んだツリ目にさらにムラムラ……グッときた久世はさり気なく深呼吸し、両腕を組んでみせる。


「うなじを噛まなくたって唯一無二の絆は育んでいけると思うけど」

「ソレはソレ、コレはコレ!」

「そもそも、どれくらい噛んだらいいのかわからない。しっかり痕がつくくらい?」

「ッ……それはちょっと」

「今、まんざらでもなさそうな顔したね」

「し、してない、断じて」

「まぁ、アザにならない程度に軽くなら」


 自分より身長が二センチ高い久世が背後に回り込んできて、野宮は改めて胸を高鳴らせる。


(まるっと信じてるわけじゃないけど、ゲン担ぎ的な? おまじない的な?)


 後ろからスーツを脱がされると心音の勢いが増した。ワイシャツの第一ボタンはすでに外していて、久世に第二ボタンを外されると、胸の奥が爆ぜそうになった。


「いくよ……?」


 耳元で囁かれて野宮は子供みたいにこっくり頷く。

 寛げた襟元、久世の吐息がうなじに触れて。




 かけがえのないオメガにアルファは運命の口づけを……。




「い、いててッ……いででででででッ……!!」

「ん……」

「そんで長ッ、長ぃぃッ……! すンごい痛いし長い!!!!」


 運命の口づけは思っていた以上にサディスティックで野宮は年甲斐もなく泣き喚いた。


「近所迷惑になるよ、紘」


 あたかも吸血鬼のように野宮のうなじに夢中になっていた久世は、やっと顔を上げ、ワナワナと震えるオメガを窘める。


「それにしても色気皆無な儀式だったね」

「久世サンが肉食動物みたいにガブガブするからッ……これ血ぃ出てるよな!? アザになるやつ!」

「久世サンじゃなくて凛一ね」

「乗り気じゃない風だったくせ! 軽くって言ったのに!」


 世にも過激なキスマークを刻みつけられたうなじ。ヒリヒリと痛む場所を片手で庇い、くるりと振り返った野宮は、ケダモノさながらにタレ目を爛々とさせている久世に呆然とした。


「アルファの本能が目覚めたみたい」


 ちょいSどころかドSなのかもしれないアルファに「このッ……意地悪すけべ!!」となけなしの文句をぶつける涙目オメガなのだった。






「もしかして」が「運命」に変わった二人。

 たとえ人事異動・長期出張・単身赴任に分かたれようとも。



「ただいま、紘」

「俺もただいま、凛一!」



 不揃いなペアリングにアルファとオメガの愛を誓い合い、きっと、共にあり続ける。




 end




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