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6-アニメとチーズハンバーグ



 ゴールデンウィークが駆け足で過ぎ去ってやたら長く思えた休日明けの一週間。


「お邪魔します、野宮さん」


 待ち遠しかった週末、宅飲みの約束をしていた久世が残業を終えて夜八時過ぎにやってきた。


 ちょっとばっかし超過勤務して退社し、さっとシャワーを浴びて待っていた野宮は笑顔で恋人を出迎える。


「ん? 久世サン、どした?」


 玄関で突っ立ったまま、なかなか中へ上がろうとしない久世に野宮は首を傾げた。


 過ごしやすい初夏の夜。


 濡れた茶髪、肩にタオル、五分袖ゆったりシャツにハーパンという部屋着姿の野宮を前にして上下スーツの久世は改めて言う。


「ただいま、野宮さん」


 風呂上がりで温まっていた野宮の頬がさらなる火照りを帯びた。


「お、おかえり、久世サン」

「おかえりなさいのキスは?」

「っ……じゃあ、ただいまのチューは……?」


 実際は同じマンションの別フロアにそれぞれ住んでいる二人。もう何回も繰り返してきたはずのキスを愛情いっぱいに交わすのだった。




「はい、焼き鳥、作り立て」

「いー匂い、うまそ。俺はスーパーで刺身買ってきた、それと黒胡椒ポテサラ。あとワイン」

「野宮さんがワイン? 珍しい」

「ぱっと見、色に惹かれたっていうか」

「ロゼか。いいね」

「先にビール?」

「やっぱり先にビールじゃない?」


 互いに持ち寄ったおつまみ料理をローテーブルに並べて晩酌開始。


「ぼんじりウマ」

「じゃあワイン開けようか」

「えッ、早ッ、もうビール飲んだのかよ久世サン?」

「喉乾いてたから。うん、これ飲みやすい」

「明日どーしようか」

「話題の映画でも観に行く?」

「手羽餃子、コッチちょーだい」

「はい」

「久世サンちで映画だらだら観るのは? どう?」


 床にあぐらをかき、カチャカチャと食器を音立たせ、時間を気にせず飲み食いに耽りながら休日の予定を二人で立てる。


(出会ってまだ一年も経ってないけど、ほんっと居心地いいんだよなぁ、久世サンゾーン)

(こうして野宮さんと過ごす時間にも言えるけど、仕事中、一緒に何を食べようか、休みの日に何をしようか考える時間も愛おしくなってきた)


「あ。やっぱり」

「うん? なに、野宮さん」

「このワインの色、何か久世サンぽいな~って思って、買ったわけでして」

「え、そうなんだ」

「何ていうか、こう……すけべ色?」

「僕っぽいすけべ色に惹かれて買ったんだ?」


 心の声のみならずオープンに惚気合う、金曜の夜にとことん浮かれる二人なのだった。





「実際さ、観たいやつって映画館で観ちゃってんだよなぁ」


 なかなか忙しくて時間がとれず、特に映画鑑賞が趣味というわけでもなく動画配信サービスとは無縁の二人、近くのレンタルショップへ出向いた。


 自分でDVD鑑賞を希望しておきながら、いざやってくると借りたい映画が思いつかず、野宮はアクションとSFのコーナーを無駄に行ったり来たりする。


「ヒットしたやつならテレビで割とあるし」


 土曜日の昼過ぎ、どうしようかと悩む野宮に久世は提案してみる。


「それならいっそ昔ハマったアニメとか」


 結果、久し振りに訪れたアニメコーナーに思いの外長居し、二人とも幼少時代に観たことがある懐かしの作品をレンタルした。




「……あれ、やばい、泣ける」

「……名作かもしれない、これ」

「……フラグ、秀逸すぎ」

「……日常の尊さ、非日常への抵抗感が丁寧に描かれてるよね」


 DVDレコーダーがある久世宅で二人して懐かしのアニメに想像以上にのめり込んだ。


「DVD欲しいかも」


 ソファにごろんと寝そべり、映画の中盤から久世に膝枕してもらっていた野宮は普段なら早送りするエンドロールまできっちり目で追っていた。


「この声優の人って、もう亡くなった?」

「うん。やっぱり大分前の作品だしね」

「この頃からアイドルとかゲスト参加してんだぁ」

「しかも本人役っていうね」

「お腹へった」


 ちょっと暑いからと、上には五分袖ゆったりシャツ、下はボクサーパンツ一丁でいる野宮のこどもじみた発言に久世は笑う。


「晩ごはん、どうしようか」


 単調なエンドロールから、寝癖がついている眼下の茶髪に久世は視線を移動させた。

 セットされていない手つかずの髪に指先を滑り込ませて地肌を優しく撫でる。


「何か作ろうか? それとも外で?」

「ん……何かコレ見てたらあの店行きたくなってきた」

「あの店。じゃあ、ソコに行こうか」

「ちょっと遠いけど。昔よく家族で食べに行ったトコ。チーズハンバーグがうまかった」


 野宮は欠伸して「ちょっと眠い」と、ごろんと寝返りを打ち、久世は手元にあったリモコンでテレビを消した。


「じゃあちょっと寝て、一休みしてからチーズハンバーグ食べに行こう」

「う……ん……」


 昨夜、遅くまで野宮を離さなかった久世は眠たげな恋人に心の内で「ごめんね」と詫びて、昼寝を始めた彼の寝顔を心行くまで観賞した。




「どうしたの、なんで泣いてるの、野宮さん?」

「うう……」

「そんなにチーズハンバーグおいしい?」

「お……おいちぃ……てか懐かちぃ……っ」


 夕刻、電車に乗って久し振りに訪れてみれば大分変化していた街並み。


 覚束ない記憶を頼りに茜色に浸った道を進んだ、かつて食事した帰りに両親に強請って寄ってもらったゲームセンターもケーキ屋もなくなっていた、もしかしたら肝心のレストランも取り壊されてマンションかドラッグストアが建っているかもしれない。


 ちょっとした不安に表情を曇らせて曲がり角を曲がってみれば、外装はリフォームされていたものの、同じ看板を掲げてレストランは経営を続けていた。


 ほぼ満席のこぢんまりした店内でいい年したオトナが半泣き状態でハンバーグを食べている姿に、実のところ、店員や客のチラ見は絶えなかった。


「懐かしいアニメ観て感受性が高まっちゃったかな」


 一方、泣き虫な野宮に久世はほんのり微笑が止まらなかった。


「そ……そうかも……別に家族全員ふつーに生活してるけど、みんな健在だけど、今日の俺、なんか涙腺緩いみたい……久世サン……バジルスパゲティちょっとちょーだい……」

「どうぞ」

「っ……うわぁ、この味も変わってな……っ……ううっ」


 野宮はアイスクリーム、久世はホットコーヒーで食事を締め括った。誘った野宮が勘定を済ませ、カランコロンと鳴るドアを開ければ外は宵闇に包まれつつあった。


「食べた食べた、うまかったー!」


 フルコースで満腹になって落ち着いたのか、さっきまでの泣き虫ぶりが嘘のように野宮は満面の笑顔を浮かべていた。


「うん。昔ながらの洋食屋って感じで。美味しかった」

「だろ!? また来ようよ、久世サン、オムライスもクリームコロッケも絶品だから!」


 午後八時前、空の隅っこは西日を引き摺って仄明るい。

 点滅する飛行機のライトが遥か頭上をゆっくり横切っていった。


「寄り道して帰ろうか」

「別いーけど。どこ寄る?」


 曲がりくねった路地裏を進んでいた久世は。

 隣を歩く野宮の無防備だった指にさり気なく浅く指を絡ませた。

 些細な接触ながらも不意をつかれて思わず立ち止まった野宮の耳元に囁きかける。


「野宮さんとラブホに行きたい」


 狡猾な指先はすぐに離れていった。ほんの一瞬、それでいてゾクリと甘い戦慄を肌身に残していった久世に野宮はぎこちなく首を傾げてみせる。


「……わざわざ?」

「たまにはいいんじゃない。そもそも二人で行ったことないよね」

「……ん」

「せっかくだし、泊まりで?」

「えぇぇ……」


 口では渋っているが内心グラグラ、いや、もうほぼ「行く」選択にある野宮。

 それを十二分に察している久世は悠然と畳みかける。


「今日一日泣いてばっかりだったよね。これからもうちょっと泣かせてもいい?」





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