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5-そのアイテムはやばい



「遅くなってごめん久世サン!」


 全国チェーンの大衆居酒屋のテーブル席、一品料理を一人摘まんでいた久世の元に野宮は駆け足でやってきた。


「十分で終わらせるつもりが次から次にミス見つけちゃって、ううッ、一時間も遅れてしまいました!」

「経理に提出する書類、ちゃんと完成した?」

「月曜朝にはバッチリ提出できます!」


 土曜の夜八時前、様々な客で賑わう騒がしい店内。

 もたもたとコートを脱ぐ野宮にハンガーを差し出し、待ちぼうけを食らっていた久世は不機嫌そうにするでもなく静かに笑う。


「気にしなくていいよ。案外、楽しめたから」


 月に一度の土曜出勤を終えてきたスーツ姿の野宮はキョトンする。


 落ち着いた色合いのニットにチャコールグレーのパンツという私服姿の久世は「一杯目の生、注文するよ、僕は二杯目いかせてもらうね」とタッチパネルを押した。




 同じマンションに住む二人。

 自分が住む三階まで待てずに深夜のエレベーターの中で野宮にキスしまくる久世……。


「も、着くってば、久世サン……ッ」

「ン……今日、野宮さんを待ってる間……」

「ん……っ?」

「どんな風に悦ばせてあげようか、ずっと考えてた」

「ッ……」

「僕のウチにお泊まりするのは久し振りだし、ね」

「ッ、ほらほら、もう着いたって……! 一端離れましょーかね!?」



 そんなわけで熱々な夜を共にした二人。



「……野宮さん?」


 二月に入っていつになく暖かく晴れ渡った日曜の朝十時過ぎ。

 久世は一人きりのベッドで目を覚ました。

 昨夜は入浴をさぼって野宮に覆い被さりっぱなし、黒髪はやたらしんなりし、ボクサーパンツ一枚で寝たために肌寒い。


 ドアの向こうから伝わってくる恋人の気配に誘われて久世はベッドから出た。


 一先ずルームパンツを履いてシャツを着、床に脱ぎ捨てられていた自分の服をざっと畳み、野宮のスーツ一式はハンガーにかけて、リビングへ。


「お。おはよー、久世サン」


 野宮はカウンター向こうのキッチンにいた。


「とりあえずコーヒーつくってっから」


 起き抜けの久世は眩しげに何度もパチパチ瞬きする。


「朝飯、つーか昼飯か、どっか外で食べない? 今日って家電見にいくんだもんな?」


 ドリップのホットコーヒーを二人分用意している恋人の茶髪は満遍なく濡れていた。

 久世のものであるフード付きパーカーを素肌に羽織っている。

 接近してみれば下はお泊まり用に久世宅に置いてある自前パンツだけ、他には何も履いていないことがわかった。


「あっさりしたモン。ざるそばとか。天ぷらつけて。後、甘めの卵焼きとミニまぐろ丼。贅沢してビールもイイやつ頼んで」


 久世は中途半端に無防備な姿でキッチンに立つ野宮を後ろから抱きしめた。


「わっ?」

「欲しがるね、野宮さん」

「あ、危な……火傷するじゃんよ?」

「僕の匂いがする」


 スリ、と洗いたての髪に頬擦りし、瞬く間に火照った野宮の耳に久世は囁きかける。


「ドライヤーと掃除機の調子、悪かったけど。まだ使えはするから。家電巡りは次でいいよ」

「え……そなの? じゃ、今日、どこも行かないの……?」


 コーヒーとシャンプーの香りが立ち込める中、無断で浴室や服を借りたことにわざわざ触れるでもない、自分自身にすっかり馴染んでいる野宮を久世はさらに抱きしめた。


「とりあえずベッド行こうか」

「えっ?」

「こんな格好されたら。堪らないよ、野宮さん……」


 昨夜は熱々な時間をたっぷり過ごしはしたが、それはそれ、これはこれ。


 全くその気ではなかった、外出するつもりでいた野宮が淹れてくれたコーヒーを一口飲んで、やや戸惑いがちな恋人を久世はベッドへ連れ戻した。


「昨夜のこと忘れちゃったのかな、なぁ、久世サン……?」

「こういう気分にさせたのは君だから」


 最初は戸惑っていながらも、あっという間にその気になった野宮に久世は満足そうに笑う。


「ごめんね、野宮さん」

「え……?」

「せっかくシャワーを浴びたのに。悪いけど、またいっぱい汗かくかもしれない」

「……久世サンの欲張り」


 明るい部屋で、言葉も忘れて、二人は朝一から互いに夢中になった。





 シャワーヘッドから緩やかに滴り落ちる水滴。


「うっ、うっ、うっ、うぅぅっ」


 バスルームに響く嗚咽にも似た声。


「ちょ……っ……そのアイテムはやばぃ……癖づいたらどーしてくれんの……」


 風呂床に座り込んだ素っ裸の野宮は喚く。


 一緒にシャワーを浴びるところまでは別によかった。ただ、前触れもなく登場したアイテムがよろしくなかった。

 

 久世によって惜しげもなく注がれたローション。

 初めてのエッチなアイテムに体は素直に反応し、その一方であまりにも際どい刺激に野宮はかなり焦っていた。


「せっかく野宮さんのために買ったものだから。使わないともったいないと思って」

「んあッ……ぁぅ……声、隣に聞こえ……っ」

「隣の人ならさっき外出したよ、ドアを開け閉めする音が聞こえた」

「だ、だからって……! んんんんんッ……! いやまじでこれッ……やばいんだって……!」


 ぬるぬるなローションを追加されて野宮は目を白黒させる。脳天まで蝕みそうな甘い戦慄にとうとう涙した。


 久世はじっと見つめていた。ちょいSの本性をくすぐる野宮の泣き顔を愛しげに見守った。


「い、痛ぃ……っ腰……ベッドがい……っ」


 涙と唾液を溢れさせた野宮に見つめられ、震える唇で懸命に希われる。切実なお願いを突っ撥ねるのはさすがに酷かと、ローションを洗い落とし、久世はぐずぐずになった野宮を抱き起こした。


 自分と然程変わらない体型の、身長が二センチ低い恋人との繋がりが解けないよう抱っこして、バスルームを後にした。


「んっ……奥、擦れて……」


 かろうじてしがみついて色っぽい声を洩らす野宮を持ち運ぶ。雫を滴らせてリビングを横切ると寝室へ。二人分の重みにダブルベッドはギシリと軋んだ。


 乱れていたシーツに横たえると、後は欲望のままに、深く深く、好きなだけ。


「こういうセックス、好き……?」


 噛みつけば「運命の番」が成立するかもしれないうなじの代わりに、首筋を食んできた久世の耳たぶに野宮はかぢりついた。


「好き……久世サン……好き……」




「野宮さん」

「ざ、ざるそばぁ……天ぷら、まぐろ丼っ、ビールぅ……っ」

「うん、それは次の機会に、ね……? 今日はいっぱいする日だから、ね」


(俺、そんなの聞いてないよ、久世サン。でも、そんな顔されたら断れないよ)


「し、してもいいけど……キスもほしい……」


 野宮からの甘酸っぱいおねだりに、久世、ノックアウト。

 虚脱寸前、ギリギリまで野宮を我が身に引き留めて根こそぎ抱き尽くし、次に会う週末には。


「ハイ、ざるそばに天ぷら、まぐろ丼に甘めの卵焼き、それからビールのイイやつだったよね」


 春めく昼下がり、手作り料理に奮発したビールで完璧おもてなし。

 素直に顔を輝かせる野宮に満足げにお酌してあげるのだった。



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