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4-忘年会からのゆるSMプレイ


 朝、駅前で大いに賑わう牛丼屋。


「たまの朝にガッツリ肉、いいよなー」

「激務が予想できる日は特にね」


 野宮と久世はカウンターで並んで牛丼を食べていた。

 本来ならば異なる出社時間だが、前もって時間を合わせてのちょっとした朝食デートだった。


「でも、さすがに味気ないかな、牛丼屋って」

「朝日が差すカフェのテラスとか? スーツ二人だと浮きそうでない?」

「確かに」


 同じマンションに住んでいる、同年代で共通点が多い二人は付き合っている。かつてないくらい相性抜群であり、出会った瞬間から至極良好な関係が始まっていた、ちなみに夜も絶好調ときていた。


『これやばいっ……久世サぁン……っ』


 ちょいMでちょい不器用なツリ目の末っ子野宮。


『まだいいよね? まだできるよね、野宮さん……?』


 S寄りで過激な欲を隠し持つタレ目の長男久世。


 家族全員にカミングアウトしている野宮、母親と妹二人に伝えている久世、いつか家族に紹介したいと考えている二十七歳、二十八歳の二人であった。


「金曜、部署忘年会かー」

「まさかどっちも同じ日にあるなんて」

「ホント。俺らってどこまで共通してんだろー」

「これからもっと追究していってみる?」


 朝日が燦々と降り注ぐ店頭をたくさんの人々が忙しげに行き来する中、カウンターの片隅でこっそり何気にいちゃつく二人。


 しかしまさか予測もしていなかった。


「野宮ー、俺にお酌してくれよ」

「久世さん、ついでなんで取り分けますよー、嫌いなモノってあります?」


 忘年会が同じ店で行われるとは。


 しかも職場全体ではなく部署限定で少人数のため大座敷のテーブル予約、それが隣り合うなんて、なんという偶然……。


 それから四時間後。


「あ……っ、やっぱ、これちょっと……えっと……」


 野宮と久世は野宮宅にいた。

 ワイシャツにスラックスを緩めた姿で布団を払いのけたベッドにINしていた。


「怖い、かも……」

「怖い?」


 二人の衣類や髪から乾燥した空気へ、酒とタバコの匂いが強く漂う。


「野宮さん、怖いと感じるんだ……?」


 シーツに突っ伏した野宮に久世は覆いかぶさっていた。ネクタイで目隠し、ベルトで後ろ手に縛り上げた恋人を服越しに緩やかに撫でていた。


 ゆっくり、ゆっくり、熱が溜まりつつある全身を焦らすように撫で続けられて野宮は切なげに呻く。


「んっ……久世サぁン……」


 甘えた声で呼ばれて久世は微笑んだ。


「目隠しされて、ベルトで縛られて、ゆるーいSMプレイで感じてるんだよね」

「ち、が……う」

「だって、ほら」

「や、やめ……ッ」


 自分の真下でもどかしそうに身を捩じらせる野宮に久世はいやに淡々と話しかける。


「忘年会で野宮さんはすごく忙しそうだった」

「っ……そう……だっけ?」

「上司どころか同僚にまでお酌を求められてた」



『野宮のつくる酒、うっす!!』

『あのなー。そんなに文句言うなら二度とつくりません』

『うそうそ! ほんとは一番おいしーから!』



「あーー……アイツね、同期じゃなくて先輩だけど……ひッッ!」


 急に強く撫でられて野宮はつい悲鳴を零した。

 だらしなく開かれた唇の端から唾液が一筋、つぅぅーー……と伝い落ちていく。


「い、痛い……それ痛いって、久世サン……」

「見ていてあんまりイイ気分じゃなかったよね。男でオメガは一人、その野宮さんだけが男性陣の中でハンガー掛けだったりオーダーだったり、何かと動いてた」

「よ……よくおわかりで……あぅ……」

「少し古い体質なのかな。僕のところは第二の性関係なく、皆が臨機応変にやってるけど」

「まぁ……もう慣れたし……」

「うん。職場で円滑な人間関係を築くためっていうのも、もちろんわかるけど。色々と気になって。自分でも大人げないってわかってはいる」

「……そんな見てたんだ、俺のこと」

「だって恋人だし」

「……」

「どんな人間が周りにいるのか気になる」


 ずっと背中に触れている久世の体温。初めて彼から感じた嫉妬の片鱗に野宮の胸はいつにもまして疼く。


「く……久世サンだって……」


 会話の間も服越しに愛撫を綴っていた久世はスゥ……と目を細めた。


「……い、一番美人なオメガのコがずっと隣にいて……お世話されてたろ……?」



『コレ、すっごく美味しいですよ、久世さんもどうぞ』

『ありがとう』

『あ、そろそろ飲み物頼みます? 私もグラスワイン頼むので』



「彼女は結婚してるけど」

「……久世サンってフツーの恋愛より禁断の恋とか似合いそ」

「なにそれ」


 失礼な恋人の発言に怒るどころか久世は愉しげに笑う。

 ほんのり赤く染まった野宮の耳たぶをやんわり食みながら。


「やきもちやいたの?」

「ン……久世サンだって……やいたんじゃないの……?」

「うん、やいた」


 久世にすんなり肯定されて野宮の腹の底はキュッと捩れる。


「体質がどうのとか言ってはみたけど、野宮さんにお酌させたあのアルファの男が個人的理由でただ単に気に入らない」


 後ろ手に縛られた野宮は二人の間で両手の指先をブルブルと悶えさせた。


「……も、キツイ……そろそろ両手のベルト外して……」

「だめ」

「えぇぇえ……」

「このまま最後までシてみようか」

「ッ……だから……キツイんだって、久世サン……」

「嫌いじゃないくせに」


 茶髪をしんなりさせた野宮は喉を引き攣らせる。すぐ背後でファスナーの開く音が聞こえてゾクリとした。


「十二月、バタバタしてて、一回もシてなかったよね」

「うん……シてない」

「シたい?」

「っ……シたい、けど、ベルトはもう」

「もうちょっとだけ我慢してみようか」


 ネクタイで目隠しされて視界が閉ざされているせいか。周囲の音がいやに鮮明に聞こえて、野宮の興奮に加速をつける。


「やだって、ほんと、もう外して……」

「こんな風にされるの、イイくせに」


 意地悪な久世に正直なところ野宮は痺れっぱなしだった。ちょいMで性的にいじめられたい気がしないでもない本性をこれでもかと揺さぶられた。


「ココが野宮さんのイイところだよね」


 敢えて言葉にして久世は畳みかけてくる。音が立つようにわざとらしく動いたりして、興奮を上乗せしてくる。


 過激な動きに合わせて激しく揺れるシルエット。

 肌に纏わりつくワイシャツの感触さえ刺激剤と化した。


「はぁっ……久世ひゃっ……」


 舌足らずと化して喘ぎ乱れる野宮に久世は見惚れる。


「いっぱい溜めて、限界まで溜めて、思いっきり解放しようね、野宮さん……?」


 欲望のままに容赦なく愛しげに野宮を夜通し抱いた。





 翌朝。

 朝一でシーツを洗って野宮宅のベランダに干したのは久世だった。


「はい、どうぞ」


 遅めの手作りブランチも提供してくれた。


「パスタもコーヒーも、うん、ウマ」

「昨日はちょっと無理させたね、ごめんね、野宮さん」


 洗い立ての茶髪頭をこどもみたいに撫でられて野宮は照れる。野宮宅のキッチンで手慣れた風に食事を作り終えた久世は向かい側でほんのり笑う。


「来年、母と妹達に会ってくれる?」

「あー……俺も久世さんのこと、家族に紹介するから」


 例年になく甘々な年末年始を過ごしそうなリーマン二人なのだった。




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