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3-ワイシャツは後で弁償します



(せっかく、せっかく……! 運命の番の片割れだったのかもしれないのに!)


 いや、それなら酔っ払ったくらいで幻滅されるなんてことないよな。

 そもそも「運命の番」なんて都市伝説……。


「あーあ」


 職場で思いきりため息をついてしまい、同僚に注意されることもしばしば、野宮は何ともやる気の出ない一週間を過ごした。


 久世とはやはり会わなかった。

 同じマンションで何故、まさか避けられてる……? なんて被害妄想まで抱く始末だった。


(柄にもなくがっついたせいだ)


 これまでの恋愛遍歴において、たった二度しか会っていない相手と、なんて経験は一度だってない。何回かデートを重ねて人となりをある程度見極めてから。むしろ慎重派とも言えたのだ。

 

(慎重じゃいられなくなるくらい、久世サンにはビビッときたんだよなぁ……)


 金曜日、残業を片付けた野宮が向かった先は、久世と初めて会った、二度食事をした焼き鳥屋であった。


 二度あることは三度ある、などと言うが、きっと自分には二度きりだ。酔っ払って失態を犯した自分に三度目の幸運は用意されていない。


(それでいーさ、それで諦めがつく)


 



「いらっしゃいませー!」


 暖簾をくぐって引き戸をカラカラと開けば、店員の挨拶と週末恒例の熱気に出迎えられる。


「ああ、お疲れさま、野宮さん」


 野宮の視線はカウンターに座っていた久世に入店した瞬間から釘付けだった。


「隣、空いてるよ、どうぞ」

「あ、うんっ……あ、お疲れさま、です」

「今日のおすすめはタコのから揚げだって」


 特に変わった様子もなく、普通に接してくれる久世に野宮は……ほっとしてしまう。


(久世サン、いた)


 実は久世サンも酔っ払ってて、一週間前のこと、覚えてないとか?

 いや、それはないか、口調も足取りもしっかりしてた気がするし。


「一杯目、中でいい?」

「うん、お願いします」


 俺もよく利用するこの店にいるってことは、俺と鉢合わせしても平気ってことだよな、うん、そうに決まってる、嫌だったら来ないはずだ。


 この人に嫌われてなくてよかった。

 

(なんかほんと、結構はまっちゃってんのな、俺)


 会って間もない久世に対する、好奇心からすくすく育って花開いた恋心を自覚し、野宮は内心自嘲した。

 

「手羽餃子、初めて食べたけどおいしかった」

「あ、そーそー、一時期はまって一度に五本とか頼んでました」


 思いの外成長していた恋心が気恥ずかしくて、何となく久世に敬語を使用する。


「五本って。腕白だね」

「最近は頼んでなかったんですよねー、久々に頼んじゃいますかね」

「どうして敬語なの?」


 お通しのポテトサラダを摘まんでいた野宮は目をパチクリさせる。

 カウンターに頬杖を突いてコチラを覗き込んできた久世をガン見した。


「おあずけにしてごめんね」

「え?」

「一週間前の夜、僕も同じ気持ちでいたんだけど」

「……」

「初めから酔った勢いでそういうこと、野宮さんとはしたくなくて」

「…………」


 野宮はろくに咀嚼していなかったポテトサラダをゴクリと丸呑みにする。


「無防備に僕にしがみついてくる野宮さん、可愛かったよ」


 賑やかな店内、自分にしか聞こえないトーンでそんなことを言われると、一気に耳まで赤くした。


「ず……ずるいよ、久世サン」

「そう?」

「俺、避けられてるのかと思った……全然会わないから」

「それは元からでしょ。とにかく今日は飲み過ぎないでね?」


 久世はほんのり笑う。

 わかりやすく動揺している野宮にそっと耳打ちした。


「今日は野宮さんの部屋にちゃんと行きたいから」





 体に蓄積されていたはずのアルコール成分が皮膚下を駆け巡る熱で蒸発していくような。


 かろうじてロックされた玄関ドア。

 履いたままの革靴。


「う……ッ」


 薄暗い玄関、床に後頭部を擦らせっぱなしの野宮は必死で声を我慢していた。


『待って、あのっ、アレっ、ゴム持ってくるから……』

『僕が持ってる』

『えっ……す……すけべ……』


 オメガ性は男性も妊娠機能を備えているため、妊娠を希望する場合以外は避妊を心がける必要があった。


『すけべでごめんね』


 こうなることを見越して予め用意していたという久世に野宮は舌を巻いた。そして品行方正な普段の物腰が嘘のような、想像以上にギャップ抜群な彼のオスっぷりに……下半身はもうすっかりとろとろに……。


 びりッッッ


(えっっ!?)


 ボタンが引き千切れるくらい乱暴にはだけさせられたワイシャツ。想像もしていなかった行為に野宮は目を見張らせる。


「く、久世サン……」


 野宮宅に上がってからろくに言葉を発していなかった久世は、汗ばんでうっすら紅潮した野宮の肌に見惚れた。


「……野宮さん……」


(少し怯えたみたいに感じてる野宮さん、可愛過ぎる……)


「野宮さん、こういうセックス、好き……?」


 野宮は自分の腰を抱える久世の両手を上から握り締めた。

 ぼろぼろ溢れる涙もそのままに彼の問いに何とか答える。


「す……好き……こーいうセックス、めちゃくちゃ好き……」


(久世サン、すご過ぎ、ほんとやばい、変になっちゃうよ、俺……)


 薄目がちにお互い見惚れ合う二人。


「野宮さん、ほんと可愛い」

「あぅ……久世サン……久世サン……」


 すでにヘロヘロ気味な末っ子野宮に甘えられた長男久世は、セットが崩れていた茶髪を優しげな手つきで梳いた。


「ごめん、順番逆になったけど、僕と付き合ってくれる?」


 今の今までのオスっぷりが嘘のように真摯に告白してきた久世に野宮は涙ながらにコクコク頷く。


「久世サン……もっかい……」

「もう一回? ここで?」

「……ここで、もう一回か二回」

「……じゃあ三回する?」

「……する」





「久世サン、鍋に入れんのエビとアサリとブリと春菊、豚肉白菜、あと餅でい?」

「あ」

「お。苦手なの、あった?」

「お餅、二個いれてくれる?」

「……念のため三ついれとく」


 週末は同棲しそうな勢いで互いの部屋を行き来するリーマン二人なのであった。




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