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2-運命の番?


「あ。野宮さん」

「お。先週振り、お疲れサマー、久世サン」


 初めて会った日から一週間が経過した週末、野宮と久世は同じ焼き鳥屋でばったり再会した。


「同じマンションなのにぜんっぜん会わない」

「共通点はたくさんあるけど。出勤・退社時間はズレあるみたいだね」

「だなー」


 一杯目の中ジョッキ片手に素知らぬ顔で挨拶を交わす二人だが。


(久世サン、ちょっとマトモに顔見れないわ……)

(一週間ずっとお世話になりました、野宮さん……)


 互いにタイプど真ん中であり、前回よりもそわそわ、外面は繕いつつも心はなかなか落ち着かなかった。


 ――もしかして、ひょっとすると、運命の(つがい)の片割れだったりするのだろうか――


「運命の番」とは、アルファとオメガが出会った瞬間から互いに強く惹かれ合い、結ばれる定めにあるという唯一無二の絆を差すのだが……。


(いやいや、あれって都市伝説レベルの噂話でしょ)

(再放送のドラマではよく見るネタだけど、最近はぱったりというか)


 時代の流れによって恋愛事情も様変わりしていた。


 発情期のヒートになったオメガは無意識に誰彼構わず誘惑してしまうことが多い。しかし特定の相手と番えば、ヒートになっても無差別に誘惑する恐れはなくなる。特定の相手がアルファであれば一段と高い効果が得られる。以前はそう定義づけられていた。


 現在は抑制剤の普及のおかげでヒートを問題視する必要はなくなった。


 今やカップリングも様々でアルファ同士、オメガ同士のパターンもある。日常生活において枷にもなりえた発情期から解放され、独身(フリー)を選ぶオメガも珍しくない。


 より優秀なアルファは、アルファとオメガのカップルから誕生するという一説も、最新の研究によって変化しつつあると分析されていた。


(うなじを噛まれたら成立するんだっけ? それって衛生的にどーなわけ?)

(噛みついたらどうして番成立になるんだろう、科学的根拠が気になる……)


 幼少の頃より高性能で安全な抑制剤が世に浸透し始めた世代の野宮と久世は、ぶっちゃけると、縛りにも感じられる「運命の番」に懐疑的だった……。


「お、もうカキ出てる、ソテーかフライか」

「バターソテーとか、そそる」

「お、そそるそそる、ソテーにしよ」


 夜な夜なオカズにしていた後ろめたさを引き摺っていたはずが、変に意識して楽しめないのも損かと、二人は飲み食いに耽る。心地いい空間で前回と同じように他愛ない共通点探しを始めたりもした。


「さしすせそよりブラックペッパー」

「オイスターソースがあれば、何でもある程度完成する」


 出会ったばかり、住まいは同じマンション、焦る必要もないと考えたアラサー男子。繁盛する焼き鳥屋のカウンターで一時間半食事を楽しみ、最後のオーダーとして頼んだ軟骨つくねを氷で薄まったハイボールで流し込んだ。


「ぷはっ……締め、おにぎり、行く?」

「うん。でも、今日はもうちょっと飲みたい気もする」

「俺んちでもいいけど」

「野宮さんち?」

「ッ……あ、じゃなくて! この並びにあるカフェ、お酒もパフェもあるから、そこにする?」

「締めパフェか。アラサーのリーマン二人で?」

「アラサーのリーマン二人で行っちゃお!」


 そんなわけで二人は深夜まで営業しているカフェでカクテルとパフェを堪能した。


「しまった~、どっちも甘い~」

「ヨーグルトリキュールとバニラパフェはさすがにね」

「久世サンみたいに黒ビールにすればよかった、冒険し過ぎた、コレ」

「初めてだけど悪くないね、締めパフェ」

「うんうん、初の締めパフェ記念だし、ウィスキー頼んでみちゃお」


 調子に乗った野宮はいつになく飲んだ。その結果。


「久世サン、久世サ~~ン」


 酒量に忠実に比例していつになく酔っ払った。


「そっち、近道? この間と違うルートみたいだけど」

「あ! 間違えちゃった!」


 思考力も足元も危なっかしい野宮は、自分と然程変わらない体型の久世に肩を抱かれて支えられると、酩酊している身でありながら胸を高鳴らせた。


(何なら、このまま、久世サンと)


 久世のリードで二人の住むマンションへ帰宅する。ずっと支えてくれる彼に胸の高鳴りは増すばかりで、酩酊感をも超えるドキドキ感に心臓が破裂しそうになった。


(いやいや、まだ二度目! 久世サンに会うの、まだたった二度目!)


 さすがに……でも……久世サンが求めてきたら……。

 

「野宮さん、二階だったよね」

「う、うん」

「ううん? あれ、違ったかな」

「あっ、ううん! 二階で合ってる、正解!」

「ちょっと声が大きいかな」


 教えた部屋番号の前に立つと、手元まで覚束ない自分の代わりに開錠してくれた久世に、野宮の胸の底はジリジリと焦げついた。


「あの、久世サン……」


 会うのはまだ二度目、久世に求められたら考えてもいい。つい先ほどまでそう思っていたくせに、我慢できなくなって、上目遣いに彼を見つめた。


(……何なら、もう、ここでシちゃってもいいくらい……)

 

 ちょいM属性オメガの野宮に精一杯見つめられたアルファの久世は。

 特に別れの挨拶も告げず、暗い部屋に住人を残し、足早に去っていった。


「あ……あれ……?」


 さーっと引いていった酔い。もしかして戻ってくるかも、なんて淡い期待も空しく久世が再び現れる気配は皆無、フロアには夜中の静寂が広がるばかりだった。


「……酔っ払って幻滅された……?」


 独り言が止まらない野宮は、明かりをつけるのも忘れ、暗い玄関で一人寂しく立ち尽くすのだった。 





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