1-出会ってもう?
週末で賑わう飲み屋街。
集客を狙って奇抜な戦略やら食べ飲み放題コースを打ち出す店が多い中、角の雑居ビル一階にある何の変哲もない焼き鳥屋は野宮の大のお気に入りだった。
「ビールを中ジョッキで、でー、ハツと砂肝とシシャモ、それからチャンジャ、揚げ出し豆腐」
一先ず最初のオーダーを済ませ、ワイシャツを腕捲り、おしぼりで両手をフキフキ、食べる準備万端にしておく。
「とりあえず生の中ジョッキと、今日オススメの子持ちシシャモと、砂肝とハツ、あとチャンジャと揚げ出し豆腐も」
(ん? このオーダー、どっかで聞いたか?)
聞いたも何も自分とまるで同じ注文をした隣の客。
カウンターの端っこにつく野宮がちらりと横目で窺ってみれば、一人分のスペースをおいて、自分と同年代らしき男が座っていた。
茶髪でノーネクタイの野宮に対し、黒髪でストライプシャツにネクタイのお一人様。背筋を伸ばして姿勢正しく着席し、身だしなみもきちんとしていて清潔感がある。月に一度は通っている野宮が初めて目にする客だった。
まるで同じ注文をした彼にちょっと気をとられていたら飲み物が運ばれてきた。
「生とシシャモ、ハツと砂肝、チャンジャです、揚げ出しはもう少々お待ちください」
店員さんは野宮、その隣に座った彼に同じ台詞を述べて去っていった。
何となく重なった二人の視線、続いて何となく会釈、次いで見事な注文のシンクロに揃って照れ笑いを浮かべた。
カウンターの内側にずらりと並んだネタの数々、大将と中堅社員に次々と焼かれる肉、肉、肉、慌ただしげながらも笑顔で運ぶアルバイト達。
「久世サンも事務?」
「うん。毎日地味に残業してる」
薬味がたっぷりのった揚げ出し豆腐をハフハフ食べながら野宮が尋ねれば、中ジョッキのビールを残り僅かにした久世は頷いた。
話してみれば判明した多くの共通点。
「野宮さん、二十七歳か。じゃあ僕より一つ年下だ」
「あ、でも俺一月生まれなんで。学年は一緒じゃ?」
同年代どころか同学年、ハマっていた音楽も同じときていた。
「ライブにも行ったよ、俺」
「ライブには行ってないけど。音楽アプリでよく聞いてたよ」
「そーそー、学校行くときも帰るときもテスト中も」
「レポート作成のときにパソコンでも」
兄と姉がいる末っ子野宮。
妹が二人いる長男久世。
「次、ハイボールを」
「あっ、俺もハイボールで」
空いたジョッキが下げられる際に久世が注文すると野宮もすかさずドリンクオーダー、そしてまた揃って照れ笑い。
「先月、異動でコッチに来たばかりで。どこか気軽に飲める美味しい店探してたら、ここを見つけて」
テーブルに出来上がっていたジョッキ跡の小さな水溜りをおしぼりで拭く久世は、支社から本社へ異動してきた人事課リーマンで「第二の性」はアルファ性だった。
「あー、道理で見たことない顔だと思った。俺、めちゃくちゃ入り浸ってるんで、ココ」
小皿に乗っけた箸をちょいちょい落とす野宮は総務課リーマンで「第二の性」はオメガ性だった。
「第二の性」はアルファ・ベータ・オメガで構成されている。
生まれながらに突出した才能を持ち、なおかつ人口比率が低く貴重なアルファは社会階層の上位に自然と据えられる。
人口が最も多いベータは、どの分野においても安定した平均値を保ち、その分、多様な役割を担っている。
アルファよりも総人口の少ない、男性も妊娠を可能とするオメガはヒートと呼ばれる発情期があるために偏見を持たれ、不当な扱いを受ける時代もあった。
しかしヒートを抑え込む抑制剤が誕生し、日々改良が進められている今、オメガの社会的地位は以前よりも向上しつつある。多少なりとも偏見は残るが、男女共に選択肢が広がって将来の可能性が開けてきていた。
「酢の物系は苦手」
「あー、俺も。酸っぱい系、だめ。あとポテサラはいけるけどサラスパはなんかむり」
「それわかる」
話し込んでいたらあっという間に過ぎていった一時間半。
「久世サン、締めはラーメン派とか?」
「ううん。ラーメンは油っこいから。やっぱり米かな、おにぎりとか」
「俺もそれ!」
「気が合うね」
「ほんと。この近くにおにぎり専門店、あんだけど。行ってみる?」
「ふぅん。行ってみたい」
そんなわけで初対面同士でありながら二人は二次会まで共にした。
「やっぱ赤だしに限る?」
「限るね」
「だよなー」
味噌汁の好みまで一緒であることがわかって始終意気投合、こんなに共通点で溢れている人間と出会ったのは初めてレベルであり、何ともホクホクした夜を過ごして、さぁお別れになるかと思いきや。
「うそだろ、まじで?」
「僕はこの三階に引っ越してきたんだ」
「俺、二階……ちょ、やば、鳥肌立った」
「僕も」
野宮と久世は住んでいるマンションまで同じだった。
まさかの共通点にさすがに二人は唖然とし、もはや照れ笑いも出ずに急に他人行儀に会釈だけ済ませ、ぎこちない足取りで違うフロアに帰宅した。
「なんかすごくね?」
「こんなこともあるんだな」
部屋で一人きりになって明かりを点ける前にそれぞれぽつりと本音を洩らした。
ちなみに二人にはもう一つ重要な共通点があった。
「ごめ……ッ、久世、サン……ッ」
夜十一時過ぎ、浴室で温いシャワーを浴びながら野宮は……夢中になっていた。
脳裏に描くのは出会ったばかりの、先ほどまで初対面とは思えないくらい話が盛り上がった相手。ここしばらく放置していた本能を暴き立てるように妄想に耽る。
多少の罪悪感に理性をチクチクされつつ、露骨なワンナイトを思い描いたりなんかして、密かに一人興奮した。
(久世サン、やばい、理想過ぎてコワ)
久世サンとセックスできたらイイだろーな。
あーいうきちんとした人が真上で乱れんの、エロ過ぎ。
あーいう人が理性忘れて攻めてくるとか、ヤバ過ぎ。
「あー、それ……かなり……よすぎ」
野宮は無意識に独り言を洩らす。甘い震えに背筋を蝕まれ、後少しというところで敢えてペースを緩め、絶頂を先延ばしにしてゾクゾク感を存分に味わった。
(……久世サン、ほろ甘なあのタレ目、たまんない……)
一方、久世の方はというと。
「は……ッ」
同じく浴室でシャワーを浴びながら貪欲に……夢中になっていた。
(野宮さん、少し手元が危なっかしくて集中力を欠かしたらうっかりミスしそうなコ)
可愛過ぎる。
嫌がる彼を無理矢理押さえつけて、動物みたいに本能のままにシてみたい。
「すごく……抱いてみたいよ、野宮さん……」
ちょっぴり過激な欲を隠し持つ久世は初対面である野宮の泣き顔を、乱されて喘ぐ姿を妄想しては、一度では物足りずに連続して……。
(……野宮さん、甘スパイシーなあのツリ目、夜通し濡らしてみたい……)
「野宮さん……ッ」
「はぁ……久世サぁン……」
重要な共通点、それはお互いタイプど真ん中であったこと。
さすがに打ち明けられなかった下心の虜と化して、日を跨いで溺れるオメガとアルファなのだった。