米がたべたい
刀時代に思ったことがある。
お米とは、どんな味なんだろう、と。
今の僕は「はむすたぁ」だから、今まで口にしたものといえば、硬くて粉っぽいやつと、白と黒のしましまの種と、キャベツと、ぺんぺん草みたいな葉っぱだ。
どれも美味しいか、と聞かれたら疑問符が付く。
食べれる、というだけで特段美味しいとは思わない。というか、美味しいってなんだ。
今日も今日とて、片付けられていく我が家を眺めながらそんなことを思った。
生き物に生まれ変わった現状、色々なものを食べることができると思っていたのだが違うらしい。
管理下に置かれた生活は安定はしているが、自由とはなんとなく呼べはしない。
いや、結構好き勝手やってはいるけれど。食っちゃ寝しているけれど。
とにかく、なんか違うものを食べてみたい。
そうと決まれば、次に問題になるのはどう飼い主にアピールをしていくかだ。
話せないことはしょうがない。だが、動くことができる今、前世より何倍もマシだと感じる。
手を止めることなく黙々と掃除を進める飼い主の前に出ようかと一歩踏み出した瞬間、丁度方向転換してきた飼い主の指とぶつかった。
「うぉぉ!かしゅーごめん!!」
派手にひっくり返った僕をみて、慌てた飼い主の声。
「…そんなにビックリせんでもよくないかい?」
……面目ない。反射で、つい。
派手にひっくり返った自分が恥ずかしい。
しかしながら、とりあえずこちらに注目を向けることに成功した。あとは、どう伝えるか。
米がたべたい。
こうなりゃ眼力で押してみる。
米が食べたい、米が食べたい、米が食べたい。
しばらく見つめあった。
こんなに見つめあうのは初めてだ。
「あ。そうだ。お詫びに……」
何かが伝わったのか、飼い主ががさがさと探し始めた。
さすが我が飼い主。もしや伝わったのか。
若干のドキドキを胸に、飼い主の動向を見守った。
「へい、お待ち」
差し出されたのは期待していた米ではなく、形が歪な茶色のものだった。
すんすんと匂いを確かめてみると、それは、香ばしいいい匂いがした。
本能だろうか、何となくだろうか、気づいたらそれに齧りついていた。
今まで食べてきた、何より好きな味だった。これが、美味しいということなのだろうか。
食べ慣れたしましまの種の倍の大きさのそれに夢中で齧りつく僕を見て、飼い主は笑った。
「クルミ、好きなんだ」
クルミ。
クルミというものなのか。
米は食べれなかったが、このクルミという思わぬ収穫があったから、今日は良しとしよう。
しかしそれからしばらくの間クルミに出会えないことになるなど、この時の僕は知る由もなかったのである。