こだわり
「かしゅー」
高めの女の声がして、僕は目を覚ました。
ちらりと顔だけだすと、見慣れた顔がこちらを見てため息をついていた。人(正確にはハム)の顔みてため息つくとは失礼な奴だ。
飼主はさっさとトイレを回収し、ガッサガッサと僕の家を引っ掻きまわしている。無駄に手際がいいのがなんか腹立つ。
なんでかって?
トイレに行きそびれたからだよ。
1番最初にトイレ持ってくのやめてくんないかな。トイレ行きそびれるってこんなに切ないものだったのか。
この飼い主、はむすたぁに加州清光なんて名前をつけたもんだから、何の因果かわからないが第二の人生ははむすたぁとしてスタートした。
まさかコイツも、目の前にいるキュートな毛玉が前世刀(の付喪神)だったなんて思ってもないだろう。
しかしまぁ、この人生はまったりというか、なんというか。安心安全が保証されているであろう時代は、こんなにも時の流れがゆっくりなのだなと身に沁みる。
沖田君との生活が苦であっだとは思わない。すごく大切に僕のことを思ってくれていた事は、彼の掌から伝わっていたからだ。お役御免になった時の彼の表情が悲しげだったことも印象深い。
はたして、この飼い主は僕のことを大切にしてくれるのだろうか。
どんどん綺麗に片付けられてゆく我が家の様子をながめながら、ふと、不安が過ぎる。
別に今の生活が不満な訳でもなければ、不便でもない。無いんだが…。
「ねぇ、かしゅーさん」
不意に飼い主に話しかけられた。
喋れないから視線だけ合わせる。
「何故ハウスを使わない?」
……。
「何故…何がダメなんだろ…。大きさ?じゃ無いよなぁ。素材?お菓子の箱とがにするか」
…………。
寝床の話をされた。
待って。僕いま、結構真剣なこと考えてたんだけど。
え、今?
今寝床の話?
「ビスケットの箱入れてみるか…」
…この飼い主が大切にしてくれるか。
答えはまだわからないが、考えてもどうにも出来ないし、今はどうでもよくなってしまった。
…とりあえず。
木の箱を入れようが、菓子の箱を入れようが。
僕の寝床はくるくる回る遊具の裏と決まっているのだ。
お付き合い下さり、ありがとうございました。