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まばゆい赤

 屋敷の廊下を歩いている時、そこにあるはずのない黒灰色のしっぽが見えた。

 何度か目をしばたたいてから二度見しても、視界に映るものは変わらない。

 ハルがここにいるはずがないし、ハルのしっぽがあんな風に揺れるはずがないのに、そこにいるのは紛れもなくハルだった。

 僕が見ている先で、ビアンカの執務室からハルが出て来て、それからしばらくぼんやりと歩いた後にふいにこちらに目を向けた。

 僕はただ見ていただけなのに、ハルが「わあ!」とすごい勢いで驚いたものだから、僕まで驚いて「え!」と声を上げてしまった。

 

「ちょっと、驚かさないでよ、ハル」

「シオン……悪い、ぼーっとしてて……」

「ぼーっとしてたって、どうしたの、ハル。鉱山に行ってたはずなのに、何かあったの?」

「何って……、それは……」

 

 ハルは忙しなく眼球を動かしながら、口をもごもごとさせていた。

 かと思いきや、今度はキリッとした顔で僕の方を見た。

 

「ビアンカに少し話があっただけだ」

「そう……」

「ああ、そうだ。シオンこそ、ここで何しているんだ?」

「僕は勉強が終わったから、それをビアンカさんに報告しに来たところ」

「それは後にしろ」

「え? な、なんで」

「いいから、少し待て」

 

 ハルは、素っ頓狂な声を上げてしまった僕にろくな説明もせず、真剣なその表情だけで僕を丸め込もうとしてくる。

 何だかすごく変……というか、怪しい。

 

「少しって、どれくらい……?」

「五……いや、三十分待て」

「え!? そんなに!?」

「そんなに、だ」

 

 ハルは相変わらず、真面目な表情で僕を見下ろしている。

 ジト目で見つめて返してみたけれど、何の手ごたえも得られなかった。

 

「……わかったよ、ハル」

 

 嘆息混じりに返すと、ハルは満足そうに頷いた。

 僕は仕方なく、くるっと回れ右して廊下を引き返す。ハルも何も言わずに僕の隣を歩き出す。

 その時後ろで、ガチャ、と音がした。

 振り返ると、ビアンカが執務室から出て来たところで、僕たちに気が付いているのかいないのか、俯いて逃げるように隣の部屋に吸い込まれていった。

 どうしたんだろう。

 なんだか様子が変で、心配になった。

 

「ハル……」

 

 ハルは何か、事情を知っているのかな。

 隣を見上げると、ハルは――優しく微笑んでいた。

 口の両端をふんわりと持ち上げて。

 ――あれ? ハルってこんな感じに笑うっけ。それに、ハルの唇って、こんな感じだったっけ。

 

「ねえ、ハルの唇、赤くなってない?」

 

 思わずハルに尋ねると、ハルは「そんなことないと思う」と言いながら、手で口をごしごしと拭い、僕を追い越してすたすたと歩いて行ってしまった。

 怪しい。……というか、もはや怪しいというレベルを超えている!

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