知らない過去と未来(3)
一人しか座れない狭いソファの肘掛けが、ひどく邪魔に感じられる。
これがなければ、あるいはもっと広いソファだったら、もっと深く抱きしめられるのに。
そう思いながら軽く屈んでビアンカに体を寄せ、一定の間隔でその背を叩いた。
「何……してるの、ハル……」
「これが人間の愛情表現だって、ビアンカに教わった」
「そうだけど……」
ビアンカの顔は俺の位置からは見えない。
でも、声には動揺の色があった。
「俺がビアンカのことを本当に好きだってこと、ビアンカが疑いようもなくなるまで、俺が証明する。ビアンカに好きになってもらえるように、努力もする。だから、俺は、ビアンカの恋人になりたい」
――言った。言ってしまった。
こうなったらもう、何を怖がっていても仕方ない。
腕を解き、その愛しい人の反応を確認しようと体を離しかけたところで、柔らかい力で体を引かれた。
え、と見下ろすと、ビアンカが俺の腰に手を回し、腹に顔を埋めていた。
「やっぱりハルは、あんまりわかってない」
「……そうか……?」
たしかに、わかっていないのだと思う。
全然わかっていない。
腹と胸がくすぐったくて、その言葉の意味を捉えるところまで頭が回らず、相槌を打つことしかできないのだから。
「ハル。私は、ハルのことはもう好きなのよ」
「そ、そうなのか……?」
「それにね、背中を叩くのは、愛を伝えるというよりも、励ましたり慰めたりしたい時にするものなのよ」
「そうなのか……」
「それに、病院でキスしても構わないって言った時、私はすごく勇気を出してそう言ったのに、ハルには全然その気がなくて、悲しかった」
「……じゃあ、やり直して良いか?」
「……うん」
ふっと腰の縛めが消え、上目遣いで見上げるビアンカと目があった。
あちこち朱色に染まった顔は、俺を一層愛おしくて堪らない気持ちにさせる。
こんな素敵な女性に俺のような男が――という思いは、その蠱惑的な唇を目にした瞬間に吹き飛んだ。
再び屈んで、その顔にゆっくりと近付く。
ビアンカは潤んだ目で、俺の顔をじいっといつまでも見ていた。
目は、瞑らないのだろうか。
きれいなガラス玉のような瞳を眺めていると、ビアンカが「ハル」と言った。
「ハル、私、キスの仕方だって全く知らない」
一際赤い唇をへの字に曲げて、抗議するような声を上げた。
先日の俺の失言を詰っているんだろう。だけど、これは、可愛い過ぎるのではないか。
わかっていなさそうなところが、尚更可愛い。
思わず揺れそうになったしっぽを、誤魔化すようにビアンカの肩に巻き付けると、ビアンカはぴくっと身じろぎした。
ぎゅっと抱き寄せて、額と額を軽く重ね合わせる。
「な、なに、ハル……」
「ビアンカ、目を瞑って……」
「う、うん……」
きゅっと瞑られた瞼も、ほんのりと紅潮した頬も、全てが可愛い。
なんで世の人間どもは、こんなに可愛い女性を好色家だなんて言えるのだろう。
こんなに素敵な女性が、俺だけの女性だなんて、幸せ過ぎてどうにかなりそうだ。
この口づけで、俺の気持ちが余すことなく全てビアンカに伝われば良いのに。
二人の想いが通じたことを祝して(?)タイトルを変えました。変わっているような変わっていないような……
今後とも、よろしくお願いいたします。




