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いわゆる素敵な恋人

 応接間を開けると、沢山のランタンに囲まれて、どことなくぐったりとしているハルがいた。

 

「ハル、僕も手伝うよ」

「シオン……それは助かるけど、勉強は?」

「今日の分は終わり」

 

 言いながら、ハルの向かい側のソファに腰を下ろす。

 

「そうか。じゃあ、手伝ってもらえるか?」

「うん。どうすれば良いの?」

「一つずつ数えながら、明かりがつくか、傷がないか確認して分別してる」

 

 ハルは、つまらなそうに返す。

 

「わかった。未分類、の箱から取り出して、こっちの箱に分ければ良いんだよね?」

 

 僕は、『未分別』のメモが貼られた箱と、それ以外の『キズあり』とか『動作確認済』といったメモが貼られた箱を指さしながら尋ねた。

 

「ああ、そうだ」

 

 なら、簡単な作業だ。

 僕は、ハルの動きに倣って、作業を始める。

 確かに地味で退屈な作業ではあるけれど、話しながら進めればそれほど苦痛でもない。

 むしろ、話しながら進めるにはちょうど良い難易度の作業だと思った。

 

「ねえハル、メモの文字読めるの?」

「まあ、なんとなく」

「そっか……じゃあハルも色んな仕事ができるね」

「いや、そこまでは……」

「こういう仕事よりも、鉱山の仕事の方が好き?」

「好きと言うか、性に合ってるな」

 

 僕も、それには同意する。

 でも今の状況は、半分はハルが望んだことだ。

 鉱山が再開した今、ユーリとガロは魔石掘りに戻ったけれど、ハルだけはまだ屋敷にいる。

 ビアンカに「ハルはしばらくは屋敷で休養して」と言われた時のハルは、確かに嬉しそうにしていて、快諾以外の何物でもない返事をしていた。

 

「シオンは……勉強は、ビアンカに習っているのか?」

 

 ハルは何だかんだと言いながらも、せっせと手を動かしながら、僕に尋ねてきた。

 

「ビアンカさんに習うこともあるけど、他の人に習うことの方が多いかな」

「そうなのか」

 

 ハルは、ちょっと驚いた顔をした。

 僕自身も、ちょっと驚いている。これまで、屋敷の使用人に会うことなんてほとんどなかったから。

 でも、発電所の事故があってから、使用人たちは僕らに少し好意的になったんじゃないかと思う。

 現に、僕に勉強を教えてくれる人も、嫌な顔をせずに僕に応対してくれている。

 

「ビアンカさん、すごく忙しそうだからね。新しく起業しようかな、とも言ってたし」

「……きぎょう?」

「そう。平民向けのレンタル業を始めようかしら、って言ってた。もともと中古品の販売もしていたみたいだけど、このランタンみたいに、中古品を貸し出すのも良いかな、って言ってたよ。こういう携帯型の電化製品って普通は使い切りのものだけど、ビアンカさんの持ってる施設では、魔石の再充填ができるみたい」

 

 そんな事業を興せるのは、魔石の扱いに長けているビアンカくらいだ。ビアンカはすごい。

 僕は熱弁したけれど、ハルは「ああ……」と曖昧な返事をしただけだった。ビアンカの凄さが伝わっているのか伝わっていないのかよくわかならい。

 と、いうよりも。

 

「ハルにとっては事業の内容よりも、ビアンカさんが忙しいかどうかの方が重要みたいだね」

 

 僕が笑って言うと、ハルはばつが悪そうな顔をした。

 

「いや……ビアンカは病み上がりだから、無理をしてほしくないんだ」

 

 もちろんそれもあるだろうけど、ビアンカが忙しくなると会える時間が減る、という気持ちも大きいんじゃないかと思う。

 でもそれを口にするのは、無粋な気がするのでやめておいた。

 

「そうだね。でもビアンカさんは薬を飲んだんでしょ? 僕にも元気そうに見えたよ」

「そうなんだけど、屋敷へ帰って来てから生理で苦しんでいたみたいで……」

 

 ハルがいとも簡単にそんなことを口にするので、ぎょっとした。

 

「え、ハル……。そういうの、あんまり大きい声で言わない方が良いんじゃないかな」

「え、あ、そうだな。悪い、聞かなかったことにしてくれ」

 

 ハルは慌てたように首を振った。

 ハルは一体どうして、ビアンカのそんな超個人的な情報を知っているのだろう。

 ――と考えてから、はっとした。

 

「もしかして、ハルとビアンカさんって恋人同士なの……!?」

 

 そう考えれば、色々と筋が通る気がする。

 むしろ、どうして今まで気が付かなかったんだろう。二人はすごく仲が良い。ハルがビアンカを大切に思っていることなんて周知の事実だし、ビアンカだってハルをすごく頼りにしている。二人はお似合いだし、すごく素敵だ。もしかして、ユーリもこのことを知っていたのかな。

 合点がいって、うんうんと頷く僕の前で、しかし、ハルはさっきよりも勢いを増してぶんぶんと首を振った。

 

「そんなわけないだろ!」

「……そうなの? でも二人はキスをする仲なんでしょ?」

「キスじゃない! 口移ししただけだ!」

「そ、そうなの……? てっきり、普段からキスをする仲だから、口移しくらいで照れたりしないんだな、って納得したのに……」

 

 そう言うと、ハルは、はあ……とため息をついた。

 

「キスなんて……できるわけないだろ」

「な、なんで……?」

「なんでって……。シオンはできるのか、ビアンカに」

「僕は……できないけど。でも、僕とハルとじゃ話が違う」

「違わない。俺もシオンも、ただの従業員に過ぎないだろ」

 

 そう言われればそうなのだけど、でも、やっぱり何か違う気がする。

 従業員が駄目なら、恋人になれば良い。僕はこの先もただの従業員だろうけど、ハルはビアンカの恋人になったって不思議ではない。

 もちろん、ハルの意思一つでどうにかなるほど簡単なことだとは思っていないけれど、でも十分にあり得るはずだ。

 

「ハル、自分が獣人だからビアンカさんと恋人になれない……とか思ってないよね?」

「それは……そういう風には、今はあんまり思っていない」

 

 僕が恐る恐る尋ねると、ハルは少し悩んでから、でもきっぱりと答えた。

 それを聞いた僕は、少し安心した。

 以前ハルは――それから僕も、獣人と人間が恋仲になるなんてありえないと思っていた。だからこそ僕は今まで、ハルとビアンカが恋人になり得ることに思い至らなかった。

 だけどハルは今、そんなくだらないことで挫けているわけではない。

「けど……」と言葉を濁すハルを見て、今度こそハルが何を迷っているのか思い当たった気がした。

 

「ハル、人間の女性とどうやって仲良くなれるのか、わからないんでしょ」

「……」

 

 ハルは、図星とでも言うかのように気まずそうな顔をした。

 

「あのね、ハル、まずはさり気なく手をつなぐんだよ。あと、ふいに頭を撫でたりして距離が縮まることもあるよ」

「さり気なく……? ふいに……?」

「そう、例えば、人混みではぐれないように、とか言いながら。他には――」

 

 それから僕は、僕が持つありったけの知識をハルに授けた。

 僕がかつて出会った物語の主人公たちに、ハルとビアンカの姿を重ね合わせてみる。

 うん、すごく素敵だ。

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