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避けられぬ鈍痛

 なんとなく嫌な予感はしていた。

 体中の傷という傷が癒えても、ずっと健康でいられるわけではない。

 多分、薄暗い病院での寝たきり生活が堪えたのだ。なんとか気持ちを保っていても、体が存外に敏感で、なんとなく疲れて、そして月のものが大分遅れていた。

 

 それでも、屋敷に帰って来て身を落ち着けると、それはすぐに始まった。ほっと一息つく間もなかったけれど、そのこと自体は構わない。

 ただ、やたらと鈍痛が強くて、肌がいやにざらざらとして、とにかく気分が悪い。

 普段はこんな風にはならない。でも、体の周期が崩れると、大抵こうなるのだ。こうなるとわかっていても、対策のしようがないから嫌になる。

 

 今日も、朝からじっと布団の中で過ごして、少しでも痛みが引くのを待つしかなかった。

 こうしていると、どんどん嫌な気分になる。いっそのこと眠ってしまいたいのに、それもできない。

 それに、そろそろ一旦起きないといけなかった。そろそろトイレに行かないと、布団が真っ赤に染まりかねない。そうなれば、もっと憂鬱な気分になるだろう。

 

 私はもたもたと体を起こした。足を地面に下ろし、それから、しばらくぼーっとする。あとは立ち上がって歩くだけなのに、不思議なくらい億劫に感じる。

 そうして無意味な時間を過ごしているうち、ドアから丁寧なノック音が聞こえた。

 マリーの音だ。

 

「はい……」

 

 張りの無い声で返事をする。間もなくドアがそっと開いた。

 そこに、にこやかなマリーと――その後ろに困り顔のハルがいた。

 

「え……なんで?」

 

 あまりの不意打ちに、剣呑な声が出てしまった。

 察しの良いマリーの顔色が、さっと変わる。

 

「すみません、庭にいらっしゃったので……」

「……」

 

 私に怒る筋合いがないことなんてわかる。

 マリーが善意でハルを連れてきたこともわかる。

 わかるけど、イライラしてしまう。なんで今、ハルを連れて来るのだ。

 私は、お腹を冷やして腹を下したわけではないのだ。

 

「ビアンカ、大丈夫か……?」

 

 マリーの後ろで、ハルが言う。

 マリーがドアの入り口で足を止めたので、ハルもそれ以上部屋に入れずにオロオロとしていた。

 

「……悪いけど、大丈夫じゃないから帰ってちょうだい」

 

 私は、二人からふいと視線を逸らして答えた。

 誰がどう聞いてもそうとわかるくらい、拒絶の意が込められた声音だった。

 

「……悪い、そうだよな……」

 

 そうだよな?

 何それ、と思いながら視線だけそちらに向けると、ハルは既にこちらに背を向けていた。

 

「俺が、女だったら良かったな……」

 

 ハルは独り言みたいにそう言って、去って行った。

 残されたマリーが、それを聞いて、それから私の方を見て、ぎょっとしたような顔をする。彼女は急いで部屋に入ると、ドアを閉め、頭を下げた。

 

「ビアンカ様、申し訳ございません、勝手なことを致しました。ですが、私は誓って、ビアンカ様が月のものと伝えたわけではありません。私は、腹痛とお伝えしたのですが……」

 

 当たり前だ。マリーが、主人の極個人的な情報を漏らすはずがない。でも、如何せんハルは鼻が良いのだ。

 生まれてからずっと鼻が良かっただろうし、誰かの月のものを感じ取っても、何とも思わないのだろう。だから、あんな態度なのだ。気付かない振りすらしてくれない。

 だけど、私にもマリーにも、ハルのそんな事情を考慮する余裕なんてない。

 マリーは青くなってぺこぺこと頭を下げていた。

 

「わかっているわ。……本当に体調が悪いから、もうちょっと寝させて。マリーは下がっていいから」

「はい、本当に申し訳ございません」

 

 マリーは深くお辞儀をすると、部屋を出て行った。

 そのドアを、しばし、ぼんやりと見つめる。

 

 ――そうだ、トイレに行かないと。

 そう思うのに、体が動かない。お腹が痛い。イライラする。

 

 本当に、全部嫌だ。

 女だったら良かったなんて、意味がわからない。

 そんなの、ハルじゃない。

 私は、ハルに侍女になってほしいわけじゃないのに。

昨今は、生理を隠す/隠さないで色々な考え方があるようですが、

ビアンカはどちらを支持しているわけでもなく、今日はただイライラして過敏になっているだけ、と認識していただけますと幸いです。

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