再び灯る
午前中に、電気が復旧した。
やっと明るい部屋で過ごせると思うと、すごくほっとした。
それに、やっぱり電気は便利だ。小さなランタンとは比べ物にならない。自室での生活がすごく楽になった。
ユーリやガロだって、僕程じゃないにしても、少なからずそう思っているはずだった。
けど、今日も僕たちは三人揃って応接間にいる。三人して、窓の外をじっと眺めている。
本当は、庭に出たかった。でも、それはできない。
庭には今、沢山の使用人が、わらわらと集まっている。その人たちは、ビアンカを囲んで、無事の帰還を歓迎しているみたいだった。
その群衆を避けるようにして、ハルがこちらに向かって歩いている。
その足がぴたりと止まった。
ビアンカが呼び止めたみたいだった。
二人は何か会話をして、ビアンカは使用人に何か声を掛けて――でも、内容は全くわからない。遠くて表情も見えないし、声だって聞こえない。
僕は、ちらりと横を窺った。
ユーリは、にやりと笑っていた。時々見せる、勝ち誇ったみたいな顔だった。仲間が帰って来て嬉しい、という表情とは少し違う気がする。
「何話してるのかな」
窓に視線を戻してから、さり気なく聞いてみた。
「さあなー。俺にはわからない」
ユーリはひらひらと片手を振りながら、にやにやと笑った。これは、意地悪になる時の表情だ。
ユーリは窓から離れると、ソファにどかっと腰かけた。ご機嫌な様子だった。
庭での会話は、ユーリにとっては、心地良いものだったらしい。それが、僕にとって良い話なのかは判断のしようもないけど。
僕は、仕方なくガロに視線を移した。
ガロは僕の視線に気が付くと、僕の方を見下ろした。ガロは、無表情だった顔にわずかに困惑が浮かばせてから、口を開いた。
「……本人に聞けば良いんじゃないか。ハルはもう、こっちに来てるぞ」
見れば、確かにハルはビアンカと別れこちらに向かってきていた。
「……そうだね」
そんなに話にくいことなのだろうか。
ガロは時々、妙に口が堅い。
僕は、窓にもたれ掛かるようにして立った。ガロも隣で同じように立っていた。
そうして、今か今かとじっと待っていると、すぐに部屋のドアが開いてハルが入ってきた。
「ハル!」
僕が一番最初に、そう声を掛けたかった――というか、当然そうなると思っていた。
なのに、その声は、ユーリのものだった。
ユーリはしっぽこそ振っていないが、にこにこと嬉しそうな顔をしてハルの傍に立っている。
「おかえり、ハル。元気そうで良かった」
一瞬遅れて、僕もハルに声を掛ける。
「ああ、ただいま」
ハルがにこりと笑うのを見ながら、僕は窓際を離れ、ユーリの隣へと移った。
ガロも、のっそりと動き出してやって来た。
「ハル、よくやったな!」
ユーリが嬉しそうな声で言いながら、ハルの上腕を叩いた。
「え……? ああ……」
ハルが困惑したようにユーリを見ている。
「ちょっと、ユーリ。叩いちゃ駄目だよ。ハル、火傷してるんでしょ?」
僕がそう言うと、ハルは首を横に振った。
「いや、火傷は治ってるから良いんだ……」
「薬を飲んだのか……?」
そこでようやく、ガロが口を開いた。
薬と言うのは、多分、ガロが耳を悪くした時に飲んだ薬のことなんだろうと思う。
「いや、飲んだというか……俺は口に含んだだけだけど、それで効果があったのかもな」
「そうか。ビアンカは?」
「ビアンカは、薬を飲んだから元気だ」
「そうか」
ガロは淡泊な返答をしたけれど、ユーリの方が興味深そうに「ふーん?」と反応した。
「つまり、ハルがビアンカに口移しで飲ませたってことか?」
「……まあ、そうだ」
僕は、えっ、と声を上げそうになったのを抑えて、三人の様子をきょろきょろと見回した。
口移し――つまり唇と唇が触れたんだと思う。僕が昔読んでいた小説の中では、唇が触れることは、たとえ事故であっても人命救助であっても、何か一大イベントみたいに描かれていた。
男女が口づけしたなんて聞いたら、僕は意味もなくドキドキしてしまう。
でも、三人にはそんな様子は全くなかった。獣人にとっては普通なのか、それとも大人にとっては慣れっこなのかわからない。
ユーリはまた「よくやったな、ハル!」と言ってハルの腕を叩いていたけれど、それも僕の想像していた反応とは全然違う。
ハルはまた、困惑した表情を浮かべていた。ユーリが何を喜んでいるのか、ハルにもわかっていないらしい。それをぽかんとしながら眺めていると、ハルがこちらに気が付いた。
「どうかしたか、シオン」
「あ、いや……えーと、さっきビアンカさんと何を話していたの?」
「話したというか、使用人に紹介されただけだ」
「紹介? 紹介……? 今更だよね……」
僕がよく理解できずにいると、隣でユーリがふっと笑った。
「こちらが命の恩人のハルです、って紹介されてたぞ」
「え、そうなの」
そう返しながらも、あれだけでかでかと新聞に載っていたのだし、やっぱり今更な気がした。
「全然わかってなさそうだな。今まで俺たちは使用人に紹介する価値もなかったんだよ。でも、ビアンカはハルのことを命の恩人だって紹介したんだぞ。主の命の恩人なんだから、この屋敷の誰もハルに逆らえない」
ユーリはそう言って、満足気な顔をした。
僕は、素直に感心した。ユーリの言うことはちょっと大げさだとは思ったけど、多分大筋では合ってる。
ハルとガロだって、そんなこと思いつかなかったはずだ。二人とも、なんとなく感心したような表情を浮かべていた。
引き続き、のんびりと連載します。




