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噂とまこと(3)

 すぐに、そろそろとドアが開いて、ハルが入ってきた。

 その顔を見て、ほっとした後に、はっとした。

 ハルは花を挿した花瓶を抱えたまま、気まずそうな顔をしている。

 会話が全部聞こえてしまって部屋に入るに入れなかった、と顔に書いてあるようだった。

 そのハルを視界に入れたアビゲイルとリリアンも、明らかに委縮していた。

 私は、明らかな悪手を打ってしまったようだった。

 

「悪い……遅くなった……」

 

 ハルはすごすごと歩を進め、アビゲイルとリリアンの横を通り過ぎ、私の前を通り過ぎ、ベッドに燦々と光を降り注いでいる出窓の額縁に、花瓶をそっと置いた。

 

「い、いえ……素敵な花ね。部屋が明るくなって嬉しいわ」

 

 本当にそう思っていたはずなのに、取って付けたような言葉が虚しく響く。

 

「すみません、あの、私たちそろそろ帰りますね。お騒がせしてしまって本当にごめんなさい」

 

 アビゲイルの涙は止まっていた。

 指先で涙を拭いながら、笑っていたけれど、どう見ても作り笑いだった。

 

「お話できて楽しかったです……あはは……」

 

 リリアンさえも、乾いた笑みを浮かべている。

 

「私も、お話できて嬉しかったわ」

 

 じゃあ、と二人が立ち上がった時、ベッドの反対側でハルが「お、俺も……」と言った。

 

 思わずハルの方を振り向くと、ハルは、困り顔で視線をちらちらと彷徨わせた後、私の首元辺りに視線を固定して、口を開いた。

 

「あの……俺は、ビアンカの言う通り全然怒ってないし……話が聞けて良かったと思う……。火事の時……ビアンカが、俺が助けに来ることを信じて待っててくれたってわかって、嬉しかったから……」

 

 すると、リリアンが「聞いた!? アビー!」と甲高い声を上げた。

 そちらに目を向けるとリリアンは、「アビーすごく良いことしてるじゃない!」と言って、アビゲイルの肩をバシバシ叩いていた。

 アビゲイルはぽかんとした顔をしている。

 

「私たち、みんなにちゃんと言います! ビアンカ様も従者さんもすごく良い人だったって!」

 

 リリアンはハルの方を向いて、きらきらと顔を輝かせながら言った。

 

「あ、ああ」

 

 ハルは、心なしかたじろいでいるように見える。

 二人が私のベッドを挟んで会話しているので、私はきょろきょろと首を左右に振りながらその様子を眺めていた。

 

「じゃあ私たち、本当に、そろそろ帰ります! ほら、アビー、支度して」

「あ、すみません。あの、本当に、ありがとうございました」

 

 リリアンはこれ以上ないくらいにこにこしながら、アビゲイルはぺこぺこと頭を下げながら、帰って行った。

 嵐のような二人がいなくなると、部屋が妙に静かに感じた。

 なんとなくハルと目を見合わせる。ハルの眉尻は、まだ下がっていた。

 

「ハル……ごめん、なんか、変なタイミングで呼んじゃったわね」

「いや、いいけど……。あの二人、ヘレンキース伯爵に言われて来たんだよな?」

「どうかしら。でも、ヘレンキース伯爵のお遣いを兼ねてはいたわね」

 

 そう答えると、ハルは首を捻って「全部、伯爵のせいだよな……」とぼそりと呟いた。

 

「俺に花を生けさせたり、ビアンカのことを大切な人って言ったり、俺のことを犬って言ったり……」

「まあ……」

 

 私も曖昧に答えて、首を傾げた。

 リリアンは、私とハルのことを良い人だと認識して、それを周りに言いふらすと宣言して帰って行った。

 それは、リリアンが快活で物怖じしない性格をしていて、かつ、私たちが図らずも彼女のお眼鏡にかなう振る舞いをしたからなのだろう。

 多分私たちは誰一人演技などしていなくて、なるべくしてそうなったはずだった。

 だけど、遡って考えると、その役者と舞台はヘレンキース伯爵によって整えられていた、という気がしてしまう。

 どこまでがヘレンキース伯爵の思惑で、どこからが偶然なのかはわからない。

 

「……ヘレンキース伯爵の平常運転ね」

 

 そう言うと、ハルも「……そうだな」と返した。

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