噂とまこと(2)
「す、すみません、私たち、かなりお邪魔していますよね」
アビゲイルが、縮こまりながら言った。
「そんなことないけれど……」
てっきり、獣人の存在に緊張しているのかと思っていたけれど、ハルが席を外して尚、アビゲイルは絵に描いたような恐縮の姿勢を見せている。
「ええと……そんなに畏まらなくて良いのよ? 私なんて、貴族であって、貴族でないようなものだし……」
こういう空気感は、むずむずする。
笑みを浮かべて声を掛けると、リリアンがきょとんとしたような顔を向けてきた。
「……ビアンカ様って、普段はそんな感じなのですか?」
「ちょ、ちょっと、リリアン……!」
「あ、ごめんなさい、でも、意外で……。発電所でお会いする時のビアンカ様は、すごく、貴族っぽい感じだったので」
アビゲイルが真っ赤な顔で必死にたしなめているが、リリアンにはあまり響いていないようで、きらきらとした表情で正直な感想を述べている。
二人とも、それぞれ別方向に若い感じがして、それがちょっと可笑しかった。
「そうね……いつもは一応貴族なんだけど、病院にいる間はただの患者だから、気が抜けているのかもね」
「そうなんですね! 実は私たち、ビアンカ様は厳しい方だと思っていたし、ヘレンキース伯爵様からは大切な人だからくれぐれもよろしく、と言われていたので、緊張していたんです」
リリアンは、同意を求めるように「ね!」と言うが、対するアビゲイルはただただ蒼い顔をしている。
私は、純粋な若者を前に、どういう表情を浮かべれば良いかわからない。
「それにあの従者さんも……私たち、実際に目にするまで半信半疑だったのですが、本当にビアンカ様のことがお好きなんですね……! 犬の獣人ってみんな、ああいう感じなんですか?」
リリアンは、どこか恍惚とした表情を浮かべている。
「別に獣人だからってわけじゃないと思うけど……。それに、犬って言うか……狼だと思うわよ……」
そう返すと、二人揃って「「え!」」と言った。
「ヘレンキース伯爵様が犬だとおっしゃっていたので、犬の獣人だとばかり……」
「ごめんなさい、失礼でしたよね。どうしよう、聞こえてたら、きっと気を悪くされますよね……」
リリアンとアビゲイルが、それぞれ返す。
「どうかしら……」
実際どうなのだろう。あまり、想像がつかない。
貴族なのに平民に間違えられた、くらいの気持ちにはなるのだろうか。
考えながらふとアビゲイルを見ると、彼女は泣きそうな顔をしていた。
「でも、あなたたちに怒ったりしないわよ」
慌ててそう返した時には、アビゲイルの目からは涙が溢れだしていた。
「ほ、本当よ……? ハルは怖い人じゃないわよ」
「ち、違うんです、私……」
泣きじゃくるアビゲイルを前に、今度はリリアンの方が目を丸くしておろおろとしている。
「ビアンカ様、火事の時、アビーさえ外に出てくれれば自分のことは従者さんが助けに来てくれる、って言って、私のこと先に逃がしてくれましたよね」
そんなことを言ったのだろうか。
朦朧としていたのであまり記憶にないけれど、とりあえず、頷いた。
「私、そんなわけないって全然信じていなかったのに、ビアンカ様が死んじゃうかもしれないと思ったのに、ビアンカ様を置いて逃げたんです。それで、ビアンカ様と従者さんが大怪我をしたって聞いて、本当に怖かったんです。でも、お二人とも全然怒ってなくて、それなのに私、お礼を言いに来たはずなのに、迷惑かけてばかりで……」
「そ、そんな……迷惑なんて思ってないわよ、ね、あなたもそう思うでしょ? リリアン」
「はい! 思います!」
リリアンは必死にこくこくと頷いた。
それでもアビゲイルは泣き止まない。
「えっと……そ、そうだ、ハル! お花はまだ?」
私はなんだかよくわからなくなってきて、何故か大声でハルを呼んでいた。




