嘘とまこと(2)
『東第四発電所火災事故報告書(第一報)
経緯:
X月X日十四時頃、職員Aは屋外倉庫で保管されていた魔石タンク二個を台車に乗せ、発電所屋内へと運んだ。その際、魔石タンクの一つが台車から落下し、魔石数個が外に飛び出た。職員Aは直ちにタンクを立て直し、蓋を閉じたが、飛び出た魔石の一つが電化製品に当たり発火した。これとほぼ同時に、地域全体で停電が発生した。(発火時、火花が送電機器に損傷を与えたものと見られている。)
職員Bを除く職員は、直ちに屋外へと非難した。職員Bは発火現場近くの休憩室にいたが、足が竦み、その場から逃げることができなかった。
X月X日十四時三十分頃、ビアンカ・キーリー男爵が職員Bの救出に向かった。職員Bは歩くことがままなない状態だったため、キーリー男爵は職員Bを支えなくてはならず、姿勢を十分に低くすることができなかった。キーリー男爵は途中で咳嗽と呼吸困難を呈したため、職員Bを先に逃がし、自身は発電所内に留まった。
X月X日十四時四十分頃、キーリー男爵の部下Cがキーリー男爵を救出した。キーリー男爵は救出時は意識があったが、その後呼びかけに対する反応がなくなり、直ちに病院へと搬送された。その後、部下Cにより消火剤が使用され、完全に鎮火された。その際、部下Cは両腕に熱傷を負ったため、病院へと搬送された。
原因:
平時は、魔石タンクは鉱山から屋内倉庫へ直接納品される。魔石タンクは屋内倉庫で保管された後、発電装置へと取り付けられる。
しかし、事故発生時点、鉱山はしばらく稼働しておらず、屋内倉庫の貯蔵タンクは使い切られた状態だった。そのため、緊急時用に屋外倉庫で保管されていたタンクを発電所内に運ぶ必要があった。職員Aはこの作業に慣れていなかったため、運搬中にタンクを台車から落下させてしまった。また、屋外倉庫で長期間貯蔵されていたタンクは経年劣化しており、落下時の衝撃で蓋が緩んでしまった。
対応:
X月X日十六時頃、職員らが発電所内の被害を確認した。送電機器の一部に損傷が認められた。耐火性の建物への損傷は見られなかった。一部の家財(机等)に損傷が認められた。
X月Y日(事故発生翌日)、送電機器の復旧が開始され、十日以内に復旧される見込みである。
また、予定されていた鉱山の再稼働は、延期となった。送電が復旧次第、再稼働日の再調整を行う。
対策:
1. 屋外倉庫で保管されている全てのタンクを検査し、劣化がないことを確認する
2. 屋外倉庫の温度及び湿度管理の適切性について再検討する
3. 魔石タンクは丁寧に取り扱うよう、全ての職員に再教育を実施する
以上』
そこまで読んだ後、私は唸った。
「ありがとうございます。よくわかりました。しかし、この新聞の方は、随分な内容ですね……」
今や、私の目の前――布団の上には、しっぽの代わりに、二種類の紙束が並べられている。
一つは報告書、そしてもう一つは今朝の朝刊だった。朝刊の一面では、轟々と燃える発電所と、なんとも悲惨な姿の男女が描かれた挿絵が、一段と目を引いている。
「私は、火災現場ではあまりに無力でしたので。少しでもビアンカ嬢の力になれればと思い、記者に少々融通をお願いいたしました」
ベッド横の椅子に腰かけたヘレンキース伯爵が、にこりと笑った。
その後ろでは、ハルが立ったまま、新聞をじっと見下ろしている。ハルの瞼はいつもよりも厚ぼったくなっていて、半眼で睨んでいるようにも見えた。
「ああ、なるほど……。そう考えると確かに、ありがたいですね」
印象操作とでも呼ぶべきだろうか。
新聞は、そういうものが得意で、もしもヘレンキース伯爵が働きかけていなかったら、全く別の方向へとそれが為されていた可能性もある。
それこそが、私が最も恐れていたものでもあった。
「とにかく……私が助けた女性は軽傷で、ハルの他には大きな怪我を負った人もいないということですね?」
そう聞くと、ヘレンキース伯爵はその笑顔をわずかに曇らせた。
「……ハルから何も聞いてないのですか?」
「……何をでしょうか?」
「あなたが一番重症だった、ということです」
「ええと……ハルより?」
「そうです。なので、私が薬を用意し、ハルがあなたに薬を飲ませました」
私はてっきり、小瓶の薬はハルのために用意されたものなのだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
ヘレンキース伯爵は、驚く私を微妙な顔で見ていた。
ヘレンキース伯爵にしては珍しい、曖昧な表情だった。でもその表情は一瞬で消え、再び穏やかな微笑みが戻ってきた。
「ビアンカ嬢は肺に火傷を負っていました。こう言ったらなんですが、見えない場所の火傷で良かったです。ただの人間の怪我が一瞬で治ったら、おかしいですから。そういうわけなので、ビアンカ嬢には、少々具合が悪いように装ってもらいながら、数日間はここに滞在していただきたいと思います。必要な物があれば、遠慮なくおっしゃってください。私が全て用意致しますので」
「何から何まで、ありがとうございます。ところで……その間ハルはどうなるのでしょう? ハルの治療は続くのでしょうか? それとも退院するのでしょうか……」
そう尋ねると、ヘレンキース伯爵はにこりと笑ったまま二秒程動きを止めた。
それから、「……あなたが望むのであれば、ハルも滞在してくれて構いません」と答えた。
「ありがとうございます」
何となくほっとしながら礼を口にした時、視界の奥でハルの耳がぴょこっと動いたのが見えた。




