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与えられた仕事(3)

「部屋から出なければ、好きに過ごして良いから。ベッドとトイレは部屋にあるから、好きに使って。お風呂は外に一つしかないから、順番に入ってもらうことになるけどね。あとは、防音だから、多少音を出しても良いけど、あなたの仲間に声が届くとは思わない方が良いわね。ああ、あと見ての通り窓はないけど、明かりはここで点けられるし、時計はここに置いてあるから」

 

 ビアンカが長々と説明していたが、ほとんど頭に入ってこなかった。

 

 噂通りの好色家だな――猟師の言葉が脳裏に蘇った。

 そうだ、どうして忘れていたんだろう。

 自分自身が、薄汚れた獣人という自覚があった。だから、人間にそういう目で見られるとは、夢にも思っていなかった。

 だが、それを認めると、すべてがすとんと腑に落ちる感覚があった。

 俺みたいな獣人を風呂に入れ、自分を慕う男を引き離し、ベッドのある個室へと連れ込んだ。

 

 他の三人も同じような部屋に入れられているのだろう。

 ひょっとして、昨日何かあったのではないか。ビアンカの手首の傷でさえも、情事の跡のように思えてきた。

 もし万が一、シオンがこの女の毒牙にかかっていたら――いや、見目の良いユーリが一番危ないかもしれない。ユーリにとっては、そんな屈辱は耐えられるものではないだろう。

 

 呼吸が浅くなり、変な汗が出るのを感じた。

 駄目だ。俺が、守らないと。

 

「わかった?」

 

 と覗き込むビアンカの顔を見ながら、覚悟を決めた。

 よく見れば、そんなに悪い顔でもない。緩やかなウェーブを描く髪は、俺のくすんだ黒灰色とは違う艶やかな漆黒で、肩のあたりで揃えられている。薄茶色の目と小高い鼻と赤い唇は、ちょこんとしていてそれでいて立体的だった。幼さと妖艶さの妙なアンバランスさがある。程よく女性らしい体型は、男好きしそうだ。俺はきっと、やれる――。

 

 震える手でそっとビアンカの左手を握ると、彼女は首を傾げ、横倒しにした右の掌を俺の額に当てた。

 

「……今夜は、俺にしてくれないか」

 

 驚くほど掠れた声が出たが、構わず、ビアンカをベッドに押し倒す。彼女の濡羽色の髪がふわっと舞い、俺の額を離れた右手が空を掻き、柔らかい落下音がした後、その勢いのまま彼女に覆いかぶさった。

 瞼をぎゅっときつく閉じ、彼女の唇に、自分の唇を押し当てた。

 彼女は、俺の挑発に乗ってくれるだろうか――。

 

 だが、ビアンカの唇は固く閉ざされたまま、ぴくりとも動かなかった。

 握り込んだ左手は冷え冷えとしており、氷のような表情を浮かべている彼女が思い浮かんだ。

 しんと静まり返った部屋の中で、時計だけがカチカチと音を立てていた。

 これ以上は無理だ――俺は耐えきれず、唇を離した。

 

 こわごわと瞼を開けると、視界に入ってきたビアンカの真っ白な顔は、たしかに、氷のようだった。

 しかし、目を見開いたまま固まっている彼女は、どう見てもその異名には似つかわしくない女性に見えた。

 それから、凍てついたような時間が過ぎた後、ビアンカは、さびた人形のように右手を動かし、俺の胸を押し上げた。

 

「どいて」

 

 ビアンカの静かな言葉に気圧されて、すごすごとベッドから降りた。

 

「あなたって他国からきたんじゃなかったの。私の悪名ってそんなに有名なのかしら」

 

 ビアンカは、身を起こすと、前髪をくしゃくしゃと掻きながら、呟いた。

 俯いた彼女の顔は、うかがい見ることができなかった。

 しかし、数秒の後に顔を上げた時には、ほとんどいつもの顔に戻っていた。

 

「ああ、あの狸ジジイに何か吹き込まれたのかしら? でも、あなたの心配していることは起こらないから、安心して」

「……」

「あなたが一番心配しているのは、シオンでしょう? ……心配なら会わせてあげるから」

 

 底知れない彼女の表情を見ていると、「なんで……」と掠れた声が漏れた。

 

「なんで、怒らないんだ……?」

 

 ビアンカは変わらぬ表情でこちらを見ていた。

 

「慣れているからよ」

 

 と、彼女は見え透いた嘘をついた。

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