煙のなかの真実
クシカの鉱山では、魔石の発火による事故が頻発している。では、同じく魔石を扱う発電所でも同様のことが起こっているか、というと、断じてそのようなことはない。
危険が伴うような作業、例えば、発電装置に取り付ける容器への魔石の充填などは全て鉱山で行われているのだから、これが一番の理由なのだろう。
そこには、奴隷はいくらでも替えが効くが発電設備はそうはいかない、というクシカの考えが透けて見えた。
その考えを全面的に肯定するつもりはないが、発電施設を安全に運用することは、確かに重要だった。
だから、第四発電所にも、容器に充填した状態の魔石を納品していた。そして、この発電所で魔石による事故が起こったことはなかった。
それらの事実を踏まえて考えれば、今の爆発音は、魔石以外のものによる可能性が高いと考えられる。
私は、原因が魔石でなければそれで良い、と思っているわけでは決してない。
原因よりも、事故の規模や被害の方が重要ということは重々わかっている。
わかっていても、私が鉱山の主である以上、魔石が原因でないことを祈ってしまうことは止められなかった。
だからこそ、ハルが「この臭い、魔石掘りの……」と呟くのを聞いた時、それだけでぐっと心が沈むのを感じた。
ハルは顔をしかめている。皆まで言わなくても、察しがついてしまった。
一方でルドは、理解しかねたようだった。
ルドは訝し気な表情を浮かべ、追い打ちをかけるように、「魔石掘りの……何だ?」と尋ねた。
「ああ……」
ハルが、ちらりと私を一瞥した。どこか気まずげな、そんな顔をしている。
その目線をふいと逸らしルドに向き直ると、「クシカで嗅いだ魔石鉱山の火事と同じ臭いだ」と決定的な言葉を口にした。
「そうか」
ルドは渋面を作った。
私とルドには、臭いまではわからない。
でも、こうしている間にも、私たちが見つめる遠い空は、灰白色に濁り始めていた。
雨や霧ではない。それがいずこの火災により立ち上った煙であることは、私たちにも容易に想像がついた。
「心配だな……大きな事故じゃなきゃいいんだが」
「ええ、そうね……。私、ちょっと、見てくるわ」
そう言うと、ハルは「え!」と声を上げて私を凝視した。
「今行くのか!?」
「そうよ」
「危ないから行かない方が良い」
「そうかもしれないけど、そういうわけにもいかないのよ。だって、魔石が燃えているんだもの」
「それは……いや、俺は臭いが似てるって言っただけだ。魔石が燃えてるかはわからないし、もし魔石のせいだったとしても、ビアンカのせいじゃない。ビアンカが行く必要はないだろう?」
ハルは、信じられない、という面持ちで尋ねてきた。
たしかに、ハルの言うことは正しいように聞こえる。
私が何もしなかったからと言って、私に非はないし、法に裁かれるようなこともないのかもしれない。
でもきっと、この先この鉱山は、「あの火事を起こした魔石の産地」と言われ続けることになるのだ。そして、「あの火事」がどれほどおぞましい響きを持つかは、今の私たちの行動に委ねられている気がしてならない。
「私のせいじゃないとか、そんな簡単な話じゃないの。とにかく、私は行くから」
そう言って、車の荷台を閉じようとした。
でもハルは、「ちょっと待ってくれ」と言って尚も食い下がろうとしている。ハルは私の前に立ちふさがり、行く手を阻もうとした。
「ちょっとハル――」
「そんなに心配なら、ハルもついて行けば良い」
私の余裕をなくしかけた声に被せるように、ルドが大らかに言った。
「ビアンカ嬢も、それでいいだろう? ここからじゃよくわかんねーけどよ、少なくとも火柱が立つ程の火事じゃなさそうだ。ちょっと様子を見に行くくらいなら、そうそう危険な目にも合わねーだろ?」
「……そうね」
ルドの言う通りだった。
だけどハルはそれで、納得がいくだろうか。
ハルは多分、魔石の火事が怖いのだ。彼の生まれ故郷のことを考えれば、そう思うのも無理ない。
「でも私はハルがついて来ても来なくても、発電所には行くから。後はハルに任せるわ」
私がそう言うと、ハルは固い表情で私の顔を見つめた。
ハルは迷っているようだった。
でもそのうち、「わかった、俺も行く」と言った。とても快諾という顔ではなかったけれど、しっかりとした承諾だった。
「じゃあ、ちょっとどいて」
私は一つ息をついて、そう言った。
ハルは今、荷台の前に居座っている。荷台を閉めるために一旦退いて欲しい。そう伝えたつもりだが、ハルは、動こうとしなかった。
訝しみ、顔を見上げると、ハルはどこか遠くを見ていた。それから、「ビアンカ、あれ……」と言って何かを指さした。
その指の先を視線で追う。そこに見えたのは、見覚えのある馬車だった。
ヘレンキース伯爵家の馬車がこちらに向かって走ってきている。
もともとそういう予定ではあった。でも、約束の時間よりだいぶ早い。
どうやら、ヘレンキース伯爵も異常事態を察知して、いち早く馬車を走らせてきたようだった。
馬車は私たちの近くで止まると、すぐにドアが開き、ヘレンキース伯爵が下りてきた。
いつもの優雅さは見られない。
忙しく私たちの近くまでやって来ると、「良かった、まだいらっしゃいましたね」と言った。
「私は今から東第四発電所へ向かいます。ビアンカ嬢もそのつもりなら、私の馬車に乗ってください。その車では、心許ないでしょう」
「そうですね。では、お言葉に甘えて、お願いいたします」
私は一も二もなく、頷いた。
魔石を積んだ車よりも、馬車で近付いた方が安全に違いなかった。
「ハルも同席しますが、よろしいですか」
「はい、もちろんです」
ヘレンキース伯爵は、首肯した。




