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晴天の霹靂(2)

「おーい、どうしたんだー」

 

 ふいに、遠くからルドの張り上げたような声が聞こえてきた。

 声のした方、つまり宿舎の方角に顔を向ければ、駆け足でこちらに向かって来るルドの姿が見える。

 どうしたんだ、とは一体どういうことだ、と思いかけて、はたと気が付いた。

 俺たちは随分と長い間、荷台の後ろでまごまごとしていたのだ。

 ルドはきっと、いつまで経っても待ち合わせ場所に現れない俺たちに痺れを切らし、宿舎から出てきたのだろう。

 それだけでも十分申し訳ない気持ちになったが、ルドを待たせている間俺はただただビアンカとの会話を楽しんでいた、という事実が、尚更罪悪感を大きくした。

 

 ルドは、呑気な顔にわずかな心配の色を浮かべて、俺たちの傍までやって来た。

 今にも、再び「どうしたんだ?」と気の抜けた声を上げそうな顔だった。

 でも、ルドが何か言うよりも早く、ビアンカが「あら、ルド、どうしたの?」と言った。悪びれた様子など全くない、しれっとした口調だった。

 ルドが、なんとなく困ったような顔をして口を開く。

 

「どうもこうも、全然来ないから何かあったのかと思って、来ちまったよ」

「全然来ないって、まだ約束の時間じゃないでしょう」

「あれ、そうか? 随分前に車が見えたから、もう時間過ぎてるのかと思っちまった」

 

 そう言うとルドは、大口を開けてがははと笑った。

 ビアンカは、それをあきれたような表情で見ている。

 もしかしたら俺も、似たような顔をしているのかもしれない。

 何しろ、ルドの迫真さのせいで、まるで必要のない罪悪感を抱いてしまったのだ。

 ルドは、俺たちのそんな様子を知ってか知らずか、そのまま自分のペースで言葉を続けた。

 

「悪かったなあ、急かすような真似して。でも、俺は今日、どうしてもビアンカ嬢に言わないといけないことがあって、ずっと待ってたもんでな」

 

 ルドはそう言うと、意味ありげににやりと笑った。

 

「……何かしら?」

 

 ビアンカは訝し気な顔をして、尋ねた。

 多分俺も、同じような顔をしているのだろうと思う。

 ルドは満足げに頷くと、口を開いた。

 

「鉱山には、ハルたちが必要だから、キヨに連れて行ったりしないでくれ」

「……は?」

「……は?」

 

 俺とビアンカが揃って素っ頓狂な声を出すと、ルドはまた豪快に声を出して笑った。

 俺とビアンカは目を見合わせた。

 なんでこんな話が、ルドの口から出て来るのかよくわからない。

 妙に具体性を帯びた話で、というよりいつぞやビアンカと口喧嘩になったことを蒸し返すような話で、落ち着かない気持ちになる。

 

「いやいや、その様子だと俺が言う必要なんてなさそうだとは思ったんだけどよ、ガロと約束しちまったから言わないわけにもいかなくてな」

「ガロと……?」

「ああ、あの時ね……。ああ、そういうこと……」

 

 俺には何が何だかわからなかったけど、ビアンカは何か合点がいったようだった。

 

「ガロが、キヨにも行きたくないし、屋敷に閉じ込められるのも嫌だって泣きついて来てな」

「……ガロが泣きつくはずないでしょう」

「確かに、今のはほんのものの例えだけどよ。でもビアンカ嬢が若造に絡まれた途端、そっちに一目散に駆けて行く姿を見たらな、俺も一肌脱がないといけないな、って気持ちにさせられちまったわけよ」

「は? 若造?」

 

 ルドはガロの武勇伝か何かについて朗々と語っていたがが、どうにも聞き捨てならない言葉が聞こえて、思わず制止していた。

 

「もしかして、あいつか?」

 

 ビアンカの方に顔を向けると、ビアンカはなんとなく気まずそうな顔をした。

 

「ええ、まあ……」

「おいおい、そんな目くじら立てるな。あいつもビアンカ嬢にぶん投げられて、反省してたよ」

「ぶん投げたのか?」

「ええ、まあ……」

 

 ならいいか、とはならない。

 あいつがビアンカに迫ったのは、俺が知る限り、それが二回目だ。

 ぶん投げて反省するというのなら、最初に迫った時に、一発ぶん殴っておけば良かった。

 今からでも、ぼこぼこに殴って追い払いたい。

 でも結局俺には、そうすることができない。あの男はビアンカの従業員だし、そうでなくても、俺が人間を傷つけたとなれば、ビアンカに迷惑がかかるのだ。

 せめて俺が獣人でなければ、という思いがいつも付きまとう。

 

「おいおい、目くじら立てるな、とは言ったけど、そんな悲しそうな顔するな。ガロも忠犬だけど、やっぱりお前が一番忠誠心のあるわんこだよ」

 

 ルドは本当に、どんなクズにも等しく優しい。

 誰かこの男の口を塞いでくれ、と思った。

 その時だった。

 

 ――ドオオオオオン……

 

 突然、内臓を揺るがすような轟音がした。

 ルドは、まるで俺の願いが届いたかのように口をぴたり閉じると、音のした方に顔を向けた。

 ビアンカも目を見開いて、同じ方角を見ている。

 その視線の先には、木々が散らばっている他、何も見えない。見えないのに、二人の目は、その奥にある何かを確かに見つめているようだった。

 一体何が、と尋ねるより先に、俄かに周りが騒がしくなった。

 宿舎から、鉱夫たちが出てきたのだ。

 彼らは口々に「停電だ」「何が起こったんだ」と騒いでいる。

 そのざわめきを背に、ルドがぽつりと「東第四発電所だろうな……」と言うのが聞こえた。

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