相談の帰結(2)
「それで、三つ目は何なんだ」
ハルが、二つ目の相談はもう話が済んだとばかりに、促してきた。
「ああ、うん。明後日、ルドに挨拶した後、警備室の視察に行く予定なんだけど、ハルにも同行してもらいたくて」
ハルに異論がないのなら、と私も次の話題へと移る。
「それは構わないけど……警備室ってなんだ?」
「そういえばまだ話してなかったわね……。鉱山の近くに、ヘレンキース伯爵が所有している施設があるんだけど、伯爵がそこに兵を配置して、警備室を設けてくれたの」
「……鉱山に知らない人間が来るのか」
ハルがわずかに顔をしかめて尋ねた。
「いえ、特別なことがない限り鉱山までは来ないわよ。ただ、圧っていうか……ヘレンキース伯爵が監視しているってだけで、抑止力になるから」
「よくしりょく……」
「そう、つまり……鉱山に手を出したら伯爵家を敵に回すことになりますよ、っていう圧力ね」
「……それってビアンカが金を払って傭兵を雇っているのか?」
「いえ、これは完全にヘレンキース伯爵の好意……とはちょっと違うわね……。つまり……鉱山が止まって電力不足になったら、ヘレンキース伯爵も困るから、手を貸してくれている、って話ね。私はお金は出していないわ」
ヘレンキース伯爵は、自身の領地のためにも、鉱山のいち早い再開を望んでいる。
そういう思惑があるとはいえ、今回の助力は私にとって非常にありがたいものだった。
しかも当初提案された、「ヘレンキース伯爵の婚約者になること」を断ったにもかかわらず、こうして別の方法で支援してくれているのだから、感謝の念を覚えずにはいられない。
そういう謝意――はともかく、利点について説明したつもりだったが、ハルはどうやら納得していないようだった。
ハルの眉間の皺はますます深くなったように見えた。
「……ビアンカ」
ハルが、固い声で私の名前を呼んだ。
「何?」
「……それで、ヘレンキース伯爵と結婚させられる、なんてことないよな……?」
それは、最近どこかで聞いたような言葉だった。
「ちょっと、ハルまでそんなこと言うの?」
「あ、いや……」
うろんな目を向けて尋ねると、ハルが予想外にたじろいだ。
それを見ていたら、私の悪い癖で、つい悪戯心が湧いてしまった。
「私がすぐ騙されるから、ヘレンキース伯爵と結婚させられるって?」
「……ユーリがそう言ってたのか?」
「そうよ。二人して私のこと、全然信じてくれないんだものね」
わざと拗ねたような口調で返した。
ライアンであれば、渋い顔をして「いえ、そうではなく……」などと口籠るところだろう。
ちらりとハルの顔を窺うと、しかし、ライアンとは全く違う、困りながらも真剣な表情を浮かべていた。
「……俺は別にビアンカのことを信じていないわけじゃない。俺はただ、心配なだけだ……。だって鉱山が再開したら、ビアンカの近くにいられなくなる……。ビアンカが助けを求めていても、俺がビアンカに会えるのは、週末だけなんだろ?」
その真摯な答えを聞いて、かあっと顔が熱くなるのを自覚した。
子供っぽいことをしたことを後悔した。
そもそも、ハルはそういう婉曲的な会話に慣れていないのに、言うべきではなかった。
「……はあ……ごめん」
片手を額に当てて俯くと、ハルは「えっ!?」と焦ったような声を上げた。
「大丈夫か? 体調が悪いのか?」
その声を聞いて、一層罪悪感が増す。
「いや、全然。ハルをからかおうとした自分が恥ずかしくなっただけ」
「からかったのか……?」
「そう。ごめん」
「俺は別に……あ、」
ハルは困ったような声を上げていたが、そのうち何かに気が付いたように、さっと席を立った。
それから私の隣に腰を下ろす。
「別に謝らなくて良い、でも顔を隠すなら、俺のしっぽを使ってくれ」
頭を抱えていた腕にふさふさが当たった。
視線を上げると、視界いっぱいに黒灰色が広がっている。
私の大好きな色だった。
「ふふふ、ハルは本当に良い人だ……」
思わずそう呟くと、上から「わ、わらっ……」と上擦った声が降ってきた。
それから、しっぽが左右にふわふわと揺れた。




