与えられた仕事(2)
202311/9 加筆修正しました。
ビアンカは、粛々と風呂掃除の説明をした。彼女は風呂掃除の仕方を正確に把握しているようだった。
理解ができない。クシカで生きてきた俺の常識ではありえないことだ。
貴族の家の掃除は、使用人がやるものではないのか。
それに、ビアンカの言う「他の兵」の姿が見えないことも気にかかる。
ひょっとして、ライアンだけが特別なのだろうか。
彼は過剰な忠心を持っているようだが、他の使用人はビアンカを主として認めていないということだろうか。
考えても仕方のないことだが、このおかしな空気の中にいると、正体のわからない不安に苛まれた。
「まあ、こんなもので良いか。モップを閉まったら、今日はもう部屋で休んで良いわ」
浴室の掃除を終え、俺が汚した小部屋の床も拭き終えると、ビアンカはそう言った。
「ああ、地下室じゃないわよ。あなたでも壊せそうにない鍵がようやく届いたから、別の部屋。案内するからついてきて」
俺が道具を仕舞うのを確認すると、ビアンカは部屋を出た。そのまま廊下を通り抜け、屋敷の出入り口さえも通り抜けていく。
俺は、不信に思いながらも、彼女の後をついて行く他なかった。
そうして出入り口を出た先は、もちろん、屋外だった。そこは多分、最初に俺たちが荷台から降ろされた場所なのだと思う。庭と呼ぶのかもわからない、ただ芝生が生えただけのがらんとした空間が広がっていて、残照に赤々と照らされている。
――外で過ごせということなのだろうか。
無意識のうちに、ぐっと眉間に力が入った。
別に、野宿には慣れている。だが、自ら野宿するのと、野外に追い出されるのでは訳が違う。
どことも知れない場所を凝視したまま固まっていると、今度は左肩に小さな圧力を感じた。
「そっちじゃないわよ、こっち」
見ると、ビアンカが俺のシャツの肩口を引っ張っている。
ビアンカは、俺と視線が合うと、ふいと左に顔を背けた。
その視線の先を追うと、そこには、今しがたいた屋敷よりも一回り小さい屋敷が鎮座していた。
「こっちは商館みたいなものね。一階は他の人の出入りもあるから、あなたたちには、二階に引きこもってもらうことになるわね」
商館? 他の人の出入り?
一体どういう施設なのか全く理解が追いつかなかったが、ビアンカはそれ以上説明する気もなさそうで、俺の袖から手を離すと、商館に向かってつかつかと歩いて行った。
何だかわからないが、多分、外で飼われるよりはましだろう。
ビアンカの後を追って、商館へと足を踏み入れた。
入って見ると、その建物は馴染みがあるようなないような、そんな造りをしていた。
隣の屋敷と揃いの茶色のレンガで作られていて、外見こそは貴族の館らしさがあったが、内側は全くの別物に見える。
細い廊下の両側にいくつものドアが並んでいて、どこか狭苦しく、優雅さのようなものは感じられない。
ビアンカは、そのドア達には目もくれず、階段を上っていった。それを追うように、俺も階段を上る。
上り切ってみれば、その場所にもドアがあって、取って付けたような外鍵が鈍く光っていた。
その厳めしさに顔をしかめたが、ドアをくぐってみれば懐かしい匂いがして、胸のつかえがすっと下りる感じがした。三人とも、ここにいる。
「あなたの部屋はここよ」
ドアを抜けた先、ずらりと並ぶドアの一つの前で立ち止まると、ビアンカは、同じく取り付けられた外鍵を解除し、ドアを開けた。
その部屋に足を踏み入れた時、俺は、はっと現実を思い出した。