傷痕と経過(2)
門を抜けると、その白いしっぽの持ち主は、確かにユーリであることがわかった。
ユーリは私が近付いて来ていることに気付いているはずだが、黙って俯いている。
私がユーリの前で立ち止まると、彼はようやくおずおずと顔を上げた。
眉尻が下がり、口はへの字に曲がっている。
怯えているようにも見えるし、不満を浮かべているようにも見える表情だった。
「ビアンカ、おかえり……」
ユーリは、ぼそぼそとした声で言った。
「……ユーリ、まだ謹慎中でしょ?」
「そうだ、けど……」
「けど?」
思わず険を孕んでしまった私の声に気圧されたように、ユーリは首をすくめた。
目は伏せられていたが、覗き見ると、その瞳は揺れ動いている。
それは見たことのある表情で――ユーリは怯えていた。
このまま強い口調で部屋に戻るように指示すれば、ユーリはそれに従うかもしれないが、それが得策とは思えなかった。
私は一つ息を吐き出して、「ユーリ、私に用があるんでしょう? 言ってちょうだい」と言い直した。
ユーリは俯き気味のまま、ぎこちなく口を開いた。
「ビアンカ、あの……、首、痛いか?」
まさか、わざわざそんなことを聞くために、部屋を抜け出してきたわけでないだろう。
どう考えたって、傷が癒える程の時間は経っていないのだ。
まだ痛むことは、ユーリにだってわかっているはずだった。
「痛いわよ」
だが、私が手早くそう答えると、ユーリの顔はみるみるうちに歪んでいった。
まるで、想定外の答えを聞いたかのようだった。
「俺に、罰を与えるのか?」
「罰って……ユーリへの罰は、謹慎じゃない」
そう言ってから、ユーリがぶるぶると震えていることに気が付いた。
こんな状態のユーリを見るのは、久しぶりだった。
「俺は、謹慎を、守らなかったから……」
「それは悪いことだけど、だからと言って、私がひどい罰を与えたりするわけないでしょ」
「……俺を、追い出すんだろ」
「追い出さないわよ」
「……」
ユーリの両手は固く握られ、尚も震えている。
私は再び息をつき、なるべく落ち着いた声を出そうと努めた。
「ユーリ……ちゃんと言われた通りに謹慎を終えたら、それ以上の罰はないし、追い出すようなこともしないから」
「……でも俺のこと、嫌いになっただろ」
「なってないわよ」
「……本当か?」
「本当よ」
「……」
ユーリは俯いて黙った。
でも、ユーリの震えは徐々に収まり、落ち着きを取り戻しつつあるように見えた。
「ビアンカ、俺、もう噛んだりしない……」
しばらくして、ユーリがおもむろに口を開いた。
顔は相変わらず俯き気味だったが、声はいつもの調子に戻っていて、内心でほっと胸を撫でおろした。
「そうしてくれると、助かるわ」
「もう痛い思いさせない。何かあってもきっとハルが守るから、俺たちのこと追い出さないでくれ……」
ユーリは懇願するように、そう言った。




