贈り物には不相応
隣に座るハルが、ふっと門の方に顔を向けた。
「どうしたの、ハル?」
「……馬車が近付いて来る」
「そう。また贈り物かな?」
「どうだろうな」
最近ビアンカは、度々贈り物を受け取っているらしい。
僕たちは、庭で芝刈りをすることもあれば、キャッチボールをすることもあれば、ただ暇を持て余して日向ぼっこをしている時もある。
そういう時に、贈り物らしきものを目にすることがあった。
どこからか荷車がやって来て、色とりどりの箱が使用人の手によって屋敷に運び込まれる。
今日もまた、その光景を目にすることになるのだろうか。
ぼんやりと考えていると、そのうち僕の耳にも、パカパカという馬の蹄の音が聞こえてきた。
やがてその音は、門の前で止まった。
「……ヘレンキース伯爵だ」
ふいに、ハルが言った。
「贈り物?」
「いや、本人が来てる」
ハルはヘレンキース伯爵と会ったことがある。
もしかしたら、においを覚えているのかもしれない。
そう思っていると、門が開き、大小の箱を手にした門番と共に、貴族風の男の人が入ってきた。
その人は、僕たちがいることに気付いたようで、こちらににこりと笑いかけてきた。
それから、門番に何か合図をしてその場に留めさせると、彼の手から小さな箱を一つ受け取り、僕たちの方へと歩いてきた。
「こんにちは、ハル。それから、君は、シオンかな?」
ヘレンキース伯爵はハルに挨拶した後、僕に声をかけてきた。
「はい、そうです。僕のこと、知っているんですか?」
「ええ、ビアンカ嬢から色々と」
「色々……」
「そう。例えば、君たち二人は、クッキーが好きとか……ね? お近づきのしるしに、これを受け取ってもらえるかな?」
そう言うと、その人はにこりと笑い、手にした薄い箱を僕の方へと差し出してきた。
その箱には、美術品と見紛う程繊細な幾何学模様が描かれていたけど、隅の方に申し訳程度に「クッキー」と印字されていた。
「あの……ヘレンキース伯爵様、ですよね?」
「ああ、そうだよ。申し訳ない、ちゃんと名乗ってなかったね。私はカレル・ヘレンキース、ビアンカ嬢の友人だよ」
僕は、「そうなんですね……」と言いながらハルの方を伺い見た。
ハルは何も言わなかったが、苦い表情を浮かべていた。
――僕が思うに、ヘレンキース伯爵は、多分割と良い人みたいだった。
ビアンカと親しいにしたって、僕たちにこんなに友好的に話しかけてくれる人なんて他にいない。
でも、何故だか、僕たちの中でヘレンキース伯爵の評判は悪い。
いや、理由はうまく言葉にできないってだけで、きっとみんなわかっていた。
「あの、僕たちがもらって良いんですか?」
「ああ、君たちのために用意したものだから」
僕は戸惑いながらも、箱に手を伸ばしかけた。
でも、隣でハルが「……ビアンカの好感度稼ぎ、ってやつか……」とぼそりと呟くのを聞いて、手を止めた。
ヘレンキース伯爵にもハルの声は届いたようだった。彼はにやりと笑って、口を開いた。
「そう、もちろんそれもある。でも、君たち自身の好感度稼ぎでもある。ビアンカ嬢が好きな者同士、仲良くお喋りできたら楽しいと思わないかい?」
「思わない」
ハルは頑なな口調で答えた。
「そうかな? 例えば、ビアンカ嬢が何をしたら喜ぶか、とかお互いに教え合えたら良い関係になれると思うけど? 君は、もしかしたら、私よりもビアンカ嬢のことを知らないんじゃないかな?」
「そんなことはない」
「そう? じゃあ、ビアンカ嬢は何を好きなの?」
「言わない」
「ふーん。言わないんじゃなくて、知らないだけだと思うけどね」
ハルは仏頂面を崩さなかった。
でも、僕はヘレンキース伯爵の物言いに、段々と腹が立ってきた。
「知ってるよ!」
そう口を出すと、ハルが焦ったように「おい、シオン……」と言った。
僕はハルの制止に構わず、続けた。
「ビアンカさんは僕たちのしっぽが好きなんだ!」
「へえ?」
ヘレンキース伯爵は、興味深そうな顔をした。
「ただのしっぽじゃなくて、僕たちのしっぽ! だから、伯爵様が贈り物にできるものじゃないです!」
ヘレンキース伯爵は、一瞬目を丸くした後、くつくつと笑い出した。
「それは確かに、私には準備できそうにない。君たち、案外手強いね。さすが、ビアンカ嬢が気に入るだけのことがあるよ」
そう言った後、手にしていた小箱を、長椅子の端――僕の隣に置いた。
「クッキー程度でほだされてはくれないようだけど、でもこれは受け取ってくれるかな。君たちのために用意したものだから」
僕は、お礼を言うべきなのか迷って、ヘレンキース伯爵を見上げた。
でもヘレンキース伯爵は、僕の答えなんて待っていないようだった。
「悪かったね、邪魔して。これからキャッチボールでもするのかな? 楽しんで」
ヘレンキース伯爵は、にこりと笑うと、置き去りにしていた門番を引き連れて、屋敷の中へと消えて行った。
「……ハル、僕分かったよ。僕たちがクッキーを好きだってことも、ビアンカさんが進んで話したことじゃないって……」
僕は、長椅子に取り残された箱を見ながら、ぽつりとこぼした。
「ああ、そうだろうな……」
ハルも、苦々しい声で、同意した。
あの伯爵には、気を許してはいけない。
そう思うのに、僕の中の評価は依然として、「割と良い人」のままだった。
だって、あの人は、僕たちのことをすごく対等な存在として見ている。
僕たちは獣人なのだ。所詮ビアンカの飼い犬だって、地位もなく戸籍すらない男だって、もっと馬鹿にして相手にしなければ良いのに、ヘレンキース伯爵はそうはしなかった。
ヘレンキース伯爵はハルのことを、挑発して牽制しているみたいだった。
ハルには、そうするだけの価値がある男だって、多分そう気付いている。
「はあ……ユーリとガロ遅いね」
思い切り球を投げて、この心のもやもやを晴らしたかった。




