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彼女にとってのしっぽ

 ビアンカには、快適に過ごしてほしい。

 そう思ってやったことが、全て裏目に出た気がする。

 

 屋外で着替えるのは抵抗があるだろうと思い、ずぶ濡れのままでいさせた。

 ビアンカが嫌がるだろうと思い、しっぽを巻き付ける以上に、体を温めようとしなかった。

 お腹が空いていないというので、食事を勧めなかった。

 不自然なくらいずっと眠っていたのに、好きなだけ寝させてあげようと思っただけで、それ以上労われなかった。

 

 その結果、ビアンカは高熱を出したのだ。

 布団にくるまったビアンカは、真っ赤な顔に苦しそうな表情を浮かべていた。

 ビアンカのそんな表情を見るのは、初めてだった。

 胸が苦しくなり、自分の不甲斐無さを呪わずにはいられなかった。

 

 だから、隣に座っているシオンが「ビアンカさん、熱下がったらしいね」と言うのを聞いた時、心底安心して、ようやく胸のつかえが下りた気がした。

 

「そうか、それは良かった……」

 

 我ながら、随分と情けない声が出た。

 シオンは、左手に嵌めたグローブをにぎにぎと動かしながら、「うん」と言って笑った。

 シオンのしっぽも、嬉しそうにゆらゆらと揺れている。

 しばらくその様子を見ていたが、シオンなら人間の感情について教えてくれるのではないかと、はたと思いついた。

 

「……なあ、シオン」

「うん?」

「その、しっぽのことなんだけど……」

「あ……ごめん。僕、また……」

 

 シオンはしっぽの動きを止めると、耳をぺたりと寝かせた。

 

「いや、いいんだ。そうじゃなくて、聞きたいことがあって」

 

 慌ててそう言うと、シオンは上目遣いでこちらを見てきた。

 

「うん……何?」

「人間は、獣人のしっぽをどう思っているんだ?」

 

 たとえば、しっぽに触られるのは構わないけど手は駄目なのか、あるいはしっぽが嫌じゃないなら手も触れて良いのか――。

 

「うーん……。答えるのが難しいけど……」

 

 シオンは首をひねった。

 それから俺の方を向き、「でも、ハルが聞いてるのは、ビアンカさんのことだよね?」と尋ねた。

 俺は、口を開けかけたものの、すぐには言葉が出て来なかった。

 

 よく考えれば、俺たちの中で話題に上がる人間なんて、ビアンカか、ルドか、せいぜいライアンくらいだった。

 シオンは馬鹿じゃないから、ビアンカの話だと悟られたことは、当然の結果と言える。

 誤魔化す術もなく、俺は渋々「……まあ、そうだな」と返した。

 こうなったらもう、手で触れるのとは違うのか――などと具体的な質問をする気にもなれなかった。

 

「ビアンカさんは、しっぽが好きだよね」

「……そうなのか?」

「うん、ユーリも気付いているみたいで、わざとしっぽ振ってるよ。ハルも、なんかあったの? もしかして、お見舞いの時?」

 

 シオンは、無邪気に尋ねた。

 シオンとユーリには、俺が獣人を代表してお見舞いに行った、という話だけが伝わっている。

 二人は、俺がしっぽ云々で呼び出されたことまでは、知らなかった。

 あまり知られたいとも思わなかった。

 

「いや……まあ、そうだな。ビアンカには、俺のしっぽが毛布に見えているようだった」

 

 そう答えると、シオンは声を上げて笑った。

 はぐらかすためにとっさに出た言葉だったが、妙にしっくりきた。

 ビアンカは、俺のしっぽを、臀部から生えた毛布か何かと思っているに違いなかった。

 そうじゃなかったら、あんなに抵抗なく、胸に抱き寄せたりしないだろう。

 俺のしっぽにきちんと知覚神経が通っていることは、ビアンカには知られない方が良い気がする。

 そうじゃないと、この先、ビアンカの寒さを和らげることさえできなくなってしまいそうだから。

 

 シオンはひとしきり笑った後、ふーっと息をつき、「ユーリとガロ、来ないねー」と言った。

 それ以上、しっぽの話を続ける気はないようだった。

 俺はほっと胸を撫でおろし、「そうだな」と答えた。

 

 俺たちは今、それぞれグローブを手にして、ユーリとガロを待っている。

 その二人ががなかなか商館から出てこないので、会話も尽きてしまいそうだった。

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