それぞれが迎えた朝
欠伸をしながら車に乗り込んだ時、先に乗っていたハルも同じく欠伸をしていた。
ハルは、眠たそうな目をしていた。
「おはよう。ハル、眠そうね」
「お、おはよう。俺は朝早くに目が覚めて……。ビアンカは、ずっと寝てたのか?」
「うん、そう。寝過ぎて眠いわ」
車の中でもあれだけ寝たのに、書斎でも長い時間眠りこけてしまった。
寝過ぎたせいか、体はどことなくだるい。
「ごはんは食べなかったのか?」
「ええ、食べ損ねたけど、ずっと寝てたからお腹は空いてないわね。ハルは食べたんでしょ?」
「ああ、二食食べた……。……ビアンカは、もっとちゃんと食べた方が良いと思う」
「食べてるわよ、普段は」
「でも、最近痩せた気がする」
「……ハル、女性の体形のことは、あんまり口にしない方が良いわよ」
たしかに体形が変わった自覚はある。
でも、それを他人が口にすることは、人間社会ではあまり歓迎されない。
私が指摘すると、ハルは眉尻を下げて、おろおろとし始めた。
「そ、そうか、悪い。でも、俺は、ただ……」
「……まあ、わかるわよ。私だって、最初にガリガリのあなたたちを見た時、これは太らせなければ、って思ったもの」
「……そうだったのか?」
「そうよ。でも、今ではすっかり良い感じね。もうハルのことを簡単に投げ飛ばせそうにないわ」
「ああ、俺とガロは、絶対にビアンカより強いと思うし、そう簡単に投げられないだろうな」
「ハルとガロって、やっぱり強いの?」
「ああ、俺たちは傭兵だったから……」
「……傭兵。そう……」
それは、私にはあまり耳馴染みのない言葉だった。
ドグマは友好国に囲まれているからか、傭兵稼業が盛んではない。
でも、クシカはそうではないから、ハルたちは傭兵として、危険な仕事をしてきたのかもしれない。
「でも、ユーリとシオンは、違うのよね……」
追及する意図があったわけではなかったが、なんとなく口から言葉が漏れた。
ユーリとシオンはどう考えても、傭兵とは程遠い性格をしていた。
「ああ。二人とは、傭兵をやめた後に偶然会ったんだ。シオンがボロボロのユーリを連れていて……」
ハルは、言葉を詰まらせた。
ユーリの体には、今も痛々しい傷痕が残っている。
ハルと出会った時のユーリがひどい状態であったことは、想像に難くない。
私は、「そう……」とだけ返した。
「ビアンカはどうなんだ?」
ややあって、ハルが気を取り直したように、聞いてきた。
「どうって……何が?」
「だから、鉱山の仕事を始める前、どう過ごしていたか……とか」
「ああ、そういうこと……。そうね、父の仕事の手伝いをしたりとか、ああ、あと掃除したり……そんなに面白い話はないわね」
実際、その時期はあまり良い思い出がない。
父は商人だったが、まるで商才がなかった。
その上、一般的な基準で見て、あまり出来た人間ではなかった。
毎日貧乏な家と、だらしない父に苛々しながら過ごしていたように思う。
不幸と言う程ではなかったが、幸せでもなかった。
「じゃあ、いつ強くなったんだ?」
「強くはないわよ。ただ、投げ方を知っているだけ」
「ドグマの人間は、それが普通なのか?」
「いいえ? でも、父が死んだ後に、なんとなく必要性を感じて習い始めたのよね」
「必要性……」
「そう。実際役立ってるでしょ?」
「……そうだな」
ハルはそう言いながら、苦い表情を浮かべた。
もしかしたら、屋敷に連れて来られた日のことを思い出しているのかもしれないな、と思った。
「……にしても、良い天気ね」
「そうだな」
「眠くなっちゃうわね」
「寝れば良いと思う」
「ハルは寝ないの?」
「俺は寝れないと思う」
「そっか」
「ああ」
「……」
「……」
それから私は本当に、屋敷に着くまで眠りこけた。




