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与えられた仕事(1)

 一晩を地下室で過ごした後の朝、あるいは既に昼頃なのか定かではないが、再び食事を与えられた後、ライアンに地下室から引きずり出され、風呂場に突っ込まれた。

 ライアンは、風呂の使い方の説明だけすると、「終わったら服を着て、外に出ろ」と言い残し、浴室から出ていった。

 

 強制的に水浴びをさせられることは、これまでに何度もあった。汗が腐ったようなすえた臭いは、人間の鼻も耐えかねるのだろう。

 でも、こんな上等な風呂を使ったことなど、一度もない。

 暖かいお湯が出るシャワーに、並べられた石鹸、それらの使い方を教える従者――。

 全て、知らないものだった。

 多分、ビアンカの指示によるものだとは思う。ライアンの表情には、獣人への嫌悪感がありありと浮かんでいた。

 だが、ビアンカの目が届かないところで、俺を痛めつけたりはしない。俺をビアンカの所有物だと認識している。

 見たところ真人間だが、あの男の忠誠心はどこからきているのだろう。

 

 勝手がわからなかったが、なんとか頭、体、しっぽと洗い終え、ずぶ濡れのまま浴室を出る。

 そこは、廊下との間に設えられた小部屋だった。先に「脱いだものはここに入れておけ」と示された籠は既になく、同じ場所に別の匂いがする籠が置かれている。

 中には畳んだタオルらしきものと、衣服らしきものが入っていた。

 念のため、辺りを見まわしてみるが、先程まで身に着けていた服はどこにも見当たらなかった。

 これを着ろということだろうか。でも、もしもこれが俺のために用意されたものでなかったら、ひどい目にあわされるかもしれない。

 逡巡したまま、籠の前で立ち尽くしていた。

 黒い髪の先からぽたぽたと落ちる雫が、こぶし大の水たまりを作る頃、廊下側からドアを叩く音がした。

 

「おい、籠の中の服を着て、早く出ろ」


 ライアンの声だった。

 覚悟を決め、タオルに手を伸ばし体を拭く。それから、服を手に取った。

 それは、着慣れた形のシャツとズボンだったが、その生地はさらさらとしていて、落ち着きのない気持ちになった。

 袖に腕を通し、タオルを籠に戻すと、廊下へと続くドアへと向かった。

 ドアを開けると、始めに、ライアンの姿が目に入った。それから、その隣に、腕を組んだビアンカが居ることに気が付き、思わずたじろぐ。

 ドアの向こうにビアンカがいることを、感知できていなかった。それは、風呂からも、俺の髪からも、ビアンカと同じ花のような匂いがしていたから、だと思う。

 

「元気そうね……でも、床がびしょびしょじゃない。そうね、ちょうど良いから、風呂掃除でもしてちょうだい」

 

 ビアンカは、開口一番そう言った。

 それから、ライアンを見上げ、「ライアン、教えてあげてちょうだい」と言った。

 それに対し、ライアンが渋面を作る。

 

「……私は、風呂掃除などしたことございませんが」

「あ、そう。じゃあこの機会にあなたも一緒に覚えておくといいかもね」

 

 ビアンカは、俺の横を通り抜け、小部屋に足を踏み入れると、そこに設置されたロッカーを開けた。

 ライアンが、焦ったような表情で、それを追いかける。

 

「まさか、ビアンカ様が教えるつもりですか……?」

「そうよ」

「今日はルドのところに行く日です」

「では、あなたが代わりに行ってちょうだい」

「まさか! 私が離れている間に何かあったら、どうするのですか!」

 

 俺は、入り口に突っ立ったままその様子を見ていた。

 おかしな光景だった。

 ブラシを手にした主人が横暴な命令をしているように見える。仕事を押し付けられ戸惑う従者は、指示に従わないばかりか、主人を心配しているようにすら見えた。

 

「そんなに心配しなくても、屋敷にはあなたの他にも兵はいるんだから。それに、ハル。あなたは、風呂掃除を命じられたくらいで牙をむく程、馬鹿じゃないわよね?」

 

 ビアンカがこちらに顔を向け、首を傾げた。

 脅しなのか、それ以外の何かなのか、どう捉えて良いのかわからなかった。

 だが、その余裕のある声には、恐怖を感じた。

 いつでも絞め殺せそうな小さな女に見えるのに、そうすることができない。至る所に武器を隠していて、手を出そうものなら、俺の大切なもの全てを壊しそうな気がした。

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