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花と屑

 刈りたての草の青臭い匂いは、良い匂いというほどのものではないけど、俺は好きだった。

 これは、ビアンカと一緒にいることを感じさせてくれる匂いだ。

 この匂いに包まれている時、ビアンカは俺が仕事している様をにこやかに見つめてくれている。

 ビアンカじゃなくてライアンが見つめてくるはずれの日もあったが、今日は幸いにもあたりの日だった。

 

 なのに、その匂いを打ち消すかのように、甘ったるい匂いがしてきた。

 

「ビアンカ様、ヘレンキース伯爵様から贈り物が届きました」

 

 門番が大きな花束を手に、庭の椅子に腰かけたビアンカの元へと近付いていた。

 ヘレンキース伯爵――聞いたことのある名前だった。

 ガロの耳を治した薬を持ってきた男だと聞いている。

 それから、最近度々ビアンカに贈り物を送りつけている男だとも。

 

「はあ、またなの……」

 

 ビアンカはため息をついたが、その後「まあ、花束なら悪くないわね」と独りごちた。

 

「マリーさんに引き渡すことで、問題ないでしょうか」

「ええ、そうしてちょうだい。私の部屋に運ぶように伝えて」

 

 気に食わなかった。

 俺は芝刈り機を放棄し、二人の元へと大股で歩み寄ると、門番の手からその花束を奪い取った。

 門番はぎょっとした顔でこちらを見て、固まった。

 この門番は、何故門番が務まっているのか不思議なくらい、いつも気弱そうな表情を浮かべている男だった。

 

「ちょっと、ユーリ! びっくりするじゃない!」

 

 ビアンカも驚いたような声を上げていた。

 

「……この花は臭い。捨ててほしい」

 

 小さな声でそう返すと、ビアンカは「臭いって……」と呟き、怪訝な表情になった。

 それから思い出したように門番の方に顔を向けると、「とりあえずこの花束は私が預かるから、あなたは仕事に戻ってちょうだい」と言った。

 門番はそそくさと持ち場へと帰って行き、不快なにおいが一つ減った。

 

「ユーリはこの匂いが嫌いなの?」

 

 ビアンカが、俺に尋ねた。

 

「ああ、匂いが強くて鼻が曲がりそうだ。ビアンカにその匂いがついたら嫌だ。だから捨てて欲しい」

 

 答えると、ビアンカは納得したように、頷いた。

 

「そう……。やっぱりあなたたちってかなり鼻が良いのね。この花束は侍女にあげることにして、伯爵には今後花束を送らないように言っておくわ」

「それが良い」

「悪いけど、今日のところは我慢してちょうだい。あとで侍女に渡すから、その花束は私が預かるわ」

 

 そう言って、ビアンカはこちらに手を伸ばしてきた。

 俺は、花束をビアンカに渡した。

 その時、花束にカードがくくりつけられているのが見えた。

 

『親愛なるビアンカ・キーリー様へ

   愛を込めて カレル・ヘレンキースより』

 

 俺はそのカードを引きちぎった。

 さりげなくそうしたつもりだったけれど、ビアンカの目に留まってしまったようだった。

 

「ん? ユーリ、それ……」

「侍女にあげるなら、メッセージカードなんていらないだろ」

 

 そう言って、カードをビリビリと破った。

 ビアンカは俺の手元をじっと眺めていたが、止めるつもりはないようだった。

 

「一応聞いておくけど、重要な内容は書いていなかったわよね?」

「なかった」

「そう、じゃあゴミは預かるから、ユーリは仕事を続けて」

 

 ビアンカは左腕に花束を抱え、右手を俺の方に伸ばしてきた。

 その手にぐちゃぐちゃになった紙屑を乗せる。

 本当にゴミだった。ビアンカもゴミと呼んでいた。

 ざまあみろ、と顔も知らない男に対して優越感の笑みがこぼれた。

 伯爵だかなんだか知らないけど、ビアンカと親しくなんてさせない。

 ビアンカが、万が一にも、結婚したいだなんて思うことがないようにしないと。

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