どこかずれた男たち(2)
「お! ガロ! 本当に元気そうだなあ!」
宿舎の部屋で待っていると、ルドが入ってきた。
ビアンカが呼んでくれたのだ。
ルドは外部の人間による鉱山調査に同行していたようだったが、それを辞して、部屋まで来てくれた。
今は、代わりにビアンカが彼らに同行している。
「ああ」
「そうかそうか、もう火傷の痕もねーな。獣人ってのはすごいもんだな」
ルドは、がははと笑った。
獣人の回復力は、ルドが思う程すごいものではない。俺の火傷痕は、薬を飲んだ時に耳と共に癒えただけだ。
この先他の獣人が大怪我を負った時に、こんなにおおらかでいれられても困るのだが、今はルドの認識を正している場合ではなかった。
ルドと二人で話せる時間は、そう長くは残されていない。
車に乗る前の一悶着により出発が遅れたせいで、ここに来た時には既に調査は終わりかけていた。
「ルド、頼みがあるんだが」
「おお、なんだ?」
「ビアンカが、俺たちをキヨに送ろうとしているらしい」
「キヨ? 隣国のキヨか? つまり……どういうことだ?」
ルドは首を傾げた。
「キヨには、獣人差別がないらしいんだ。ビアンカは、俺たちが安全に過ごせる場所に連れて行こうとしている」
「そうか……でもお前らは、行きたくないってことだな?」
ルドは、珍しく察しの良さを見せた。
「ああ」
「じゃあ、ビアンカ嬢にそう言えば良い。ビアンカ嬢は無理にお前らを連れて行くような人じゃないだろう」
「そう思うが……そしたら今度は、屋敷に閉じ込められそうだ」
「ビアンカ嬢がそんなことするか?」
「ああ、多分する。今日だって、俺がついて行くことをかなり嫌がった。来たらまた俺が怪我をする、と思っているようだった」
「ああ……まあ確かに、ビアンカ嬢はそういうところあるかもなあ」
ルドが唸った。
「それで、それを俺にどうにかしてほしいって話か?」
「ああ、鉱山には俺たちが必要だって、ビアンカに話してほしい」
俺たちは、母国を出た当初は、キヨを目指していた。
ドグマは、その旅路の中間地点に過ぎない。
ドグマで過ごすことも、魔石掘りをさせられることも、本望ではなかった。
でも、今はそうは思えない。
少なくとも、誰一人としてキヨに行きたいと思っていないことは確かだった。
「それはいいが――」
ルドが何か話し始めた時、ふいに何か気色の悪い言葉が聞こえた。
――それは、以前ハルが注意を促していた、あの若い鉱夫の声だった。
「ルド、悪い、頼んだ」
俺は、ルドの言葉を都合よく承諾と捉え話を打ち切ると、急いで部屋を出た。
ビアンカは、調査員との会話を終えて、こちらに向かっていた。その道程で、あの男に捕まったようだった。
男は歩くビアンカの後ろにぴたりと付き、おかしなことを言っている。
ビアンカは相手にしなかったが、彼女が宿舎に到着しそうになると、今度は前に立ちはだかったような足音がした。
――俺が宿舎から飛び出した時、ちょうど、その男の背がふわりと浮いたところだった。
相変わらずきれいな投げだった。
ビアンカは、間違っても頭に怪我を負わせたりはしない、そんな投げ方をする。
ただ、男はろくな受け身も取れず無様に背中から落ちたものだから、痛そうではあった。
「どうも、暇を持て余しているみたいね。それなら、つるはしの素振りをするなり、受け身の練習をするなりしてみては? 今時顔が美しいだけの男なんて、モテないわよ」
ビアンカは、冷たい目で男を見下ろしながら、そう言った。
男は真っ赤な顔をして、俯いた。
すると、俺の背後から、がはは、と快活な笑い声が聞こえた。
宿舎のドアは開いたままだ。だから、俺の後を追ってきたルドも、俺の肩越しに一部始終を見てたようだった。
「年頃の男ってのは、きれいな女性がいたらちょっかい出しちまうもんさ。でも、ビアンカ嬢以外にやったら犯罪者になるからやめろよ」
と、ルドが、また少しずれたことを言った。
そんな理論成り立つはずもない。だがルドは、ビアンカにちょっかいを出すことを、些細な悪戯か何かだと認識しているらしかった。
ビアンカは強い。ある程度なら、自分で身を守ることができる。
でも、こういうことがあるから、ハルはビアンカのことを気にかけてしまうのだろうな、と思う。
ビアンカは、はあ、とため息をつくと、「ガロ。ルドと話が終わったなら、帰るわよ」と言った。




