真夜中に鳴り響く凶音
屋敷にジリリリリリと、馴染みのない音が鳴り響いた。
瞬時に飛び起きると、その衝撃で頭にずきりと痛みが走った。
頭を片手で押さえながら、何が起こっているのか理解しようと、起き抜けの脳を回転させる。
聞きなれないが聞いたことがないわけではない。その音は紛れもなく、鉱山で火災があったことを知らせるベルだった。
鉱山でボタンを押せば、屋敷のベルが鳴る仕組みになっている。
痛みの治まった頭を動かし見回せば、部屋も窓の外も真っ暗で、疑いようもなく、真夜中だった。
誰も働いていないはずの夜中にベルが鳴るなんて、ありえないことだ。平時なら、誤作動と考えるべきだろう。
だが、最近の不穏な空気を考えれば、安易に誤作動だと切り捨てることもできなかった。心に漠然とした不安が広がる。
私は、ベッドから這い出て明かりを点けると、寝間着を脱ぎ捨てクローゼットから手近なシャツとズボンを引き出し、慌ただしく着替えた。
兎にも角にもまずは着替えないと、という思いはあったが、それ以上はまだ考えあぐねていた。
そうしている間もベルは鳴りやまず、屋敷中がにわかに騒がしくなっていくのを感じた。
枕元のサイドテーブルに置いていた指輪を手に取り、右手に嵌める。
ちょうどその時、マリーが部屋着にカーディガンを羽織った姿でバタバタと部屋に入ってきた。
「ビアンカ様、失礼いたします」
「ああ、来てくれてありがとうマリー」
マリーは不安気な表情を浮かべていたが、声も所作もしっかりしていて、冷静さを欠いてはいないようだった。
その優秀な侍女を見て、私の心もほんの少し落ち着きを取り戻した。
「私はすぐに鉱山へ向かうから、運転手にもすぐに準備するように伝えてくれる?」
「承知いたしました」
マリーは無駄のない動きでさっと踵を返すと、廊下へと駆けて行った。
ベルは相変わらずけたたましく鳴り続けている。
誤作動や誤操作であれば、それを知らせるベルの音に変わるはずだった。でも、音が切り替わる気配は全くない。
――多分、魔石の発火よりも悪いことが起きている気がする。
私の力だけではどうにもできないことがあるかもしれない。ハルを連れて行くべきか、それとも連れて行かない方が良いか――一瞬の間逡巡し、結局、引き出しから鍵束を掴みとると、足早に商館へと向かった。
もやもやとした迷いが消えたわけではなかった。それは、何が起きてるかわからない鉱山にハルを連れて行くことへのためらいだった。でも、もし今ガロとシオンが危険に晒されていたとして、それを救うためにはハルの力がいるだろう。
乱暴にハルの部屋をノックし、ドアを開けた。
ハルは跳ね起き一瞬警戒するような素振りを見せたが、すぐにふっと力が抜けたのがわかった。
「ハル、悪いんだけど、すぐに鉱山に行く準備をして車のところまで来てくれる?」
「あ、ああ、何が……、いや、すぐに準備する」
ハルが戸惑いながらもベッドから出て立ち上がるのを見届けて、部屋を出る。
それから、今度は、二階の階段横のドアをノックして開けた。
「ライアン!」
声をかけると、ライアンもやはり、がばりと音がしそうな勢いでベッドから起き上がった。
「ビアンカ様……?」
訝し気な声が聞こえる。
「鉱山から火事の知らせが入ったから、すぐに行ってくるわ」
「火事……!? まさか……」
「ハルも連れて行くわ。行って様子を見たら、多分、ガロとシオンも連れて帰って来ることになると思うわ……。とりあえず、留守をお願いね」
ライアンは、神妙な面持ちで頷くと、「承知いたしました。くれぐれもお気をつけてください」と低い声で返した。




