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背反と固守(1)

 ただ黙々と、つるはしを振り上げては下ろす。この五日間、いつにも増して真剣に仕事に取り組んできた。

 別に、仕事で頑張って、ビアンカの信頼を取り戻そうとしているわけでもない。

 どうにかして雑念を取り払おうと、努めているだけだった。

 そうでないと、ビアンカの言葉を思い出して、挫けそうになってしまう。

 

 知らないうちに、ユーリのことを笑えないくらい、入れ込んでしまっているようだった。

 そうでなければ、ガロに食って掛かったりしなかっただろうし、今こんなに落ち込むこともなかったはずだ。

 

 あのことがあってから、ビアンカは普通に接してくれなくなった。

 ふと目が合えば、じろりと睨むような視線を投げつけられ、俺はすごすごと立ち去るしかなかった。

 大の男が、小さな女性の一睨みで逃げ出すなんて情けないが、それは、俺にとってはとても苦しくて恐ろしいものだった。

 この確執をどうにかしたかったが、俺がビアンカに謝罪してどうにかなるものとも思えなかった。

 俺はビアンカに害をなしたわけではない。ただ、ビアンカがガロを庇い、それから俺に失望した、というだけだった。

 あれから、なんだかビアンカとガロが親密になったような気さえして、それが一層俺を気落ちさせた。

 ちょっと前であれば喜べたはずなのに。

 

「ハル、ちょっと休もうぜー。ルド、いいだろ?」

 

 隣でユーリが言った。腕は既に完全に止まっており、ふーーっと長い息をつきながら、肩口で汗を拭っている。

 

「ああ、休んで来い。上で水でも飲んできな。ほら、ハルもつるはし置いて行ってこい」

「いや、俺はもう少し掘る」

「おいハル、休むことも仕事だぞ……」

 

 ルドが飽きれたように言った。

 別に俺は、体を壊してまで仕事を頑張ろうとか、そう思っているわけでもない。

 ただ、今は外にビアンカがいるのだ。ユーリもそれに気付いたからこそ、今休憩を提案したのだろう。

 だけど俺は今、ビアンカの顔が見たくなかった。また睨まれたりしたら、この後の仕事に集中できないことは明らかだった。

 

 ビアンカが遠くで何か話している声が聞こえる。

 俺はそれをかき消すように、岩肌につるはしを打ち付けた。

 その音の隙間で尚もビアンカの声が続いていた。

 そういえば、ルドもここにいるというのに、一体誰と話しているのだろう。

 そう思った瞬間、ビアンカに話しかける男の声がはっきりと聞こえて、思わず手を止めた。

 

「俺もビアンカさんに恩返しをしたいんです。絶対に後悔させませんから、俺をビアンカさんの寝所に招いていただけませんか?」

 

 蛇のような、気持ちの悪い気色を孕んだ声で、確かにそう言っていた。

 それは、今週ここに入ってきたばかりの、若い鉱夫の声のようだった。そういえば、休憩に入ってから戻ってきていない。

 ざわりと鳥肌が立つのを感じた。

 

「ルド、やっぱり俺も休憩してくる」

 

 俺はルドの返事も待たず、つるはしを足元にがらんと放ると、駆けだしていた。

 気持ちの悪い噂をする男はいくらでもいた。でも、ビアンカはいつも、そんなことで傷つかない、と涼しい顔をしていた。

 ビアンカに直接迫る馬鹿がいなかったからこそ、俺はそんなビアンカに、甘んじて騙されてきた。

 だが、こんな侮辱的なことは、許せない。

 

 足場の悪い坑道を、全力で走った。

 鉱山を出る手前で、ご機嫌そうに歩いているユーリを抜かした。

 

「おいハル、もしかしてビアンカのところに行くつもりか? 邪魔したらまた怒られるぞ」

 

 ユーリの蔑むような声が聞こえたが、その言葉は頭には届かなかった。

 ビアンカと男の声だけが、頭の中で響いている。

 

「……結構よ」

「そう言わず。俺、ここに来る前は娼館にいて、人気の男娼だったんです」

「知ってるわ。それよりあなた、休憩時間はもう終わったんじゃないの?」

「俺には魔石堀りよりも、こっちの仕事の方が得意が向いていますから。なんなら今ここで、少し試していただいても良いですよ?」

「結構よ。……早く仕事に戻りなさい」

 

 怒りでどうにかなりそうだった。

 それから、ビアンカにしては精彩を欠く物言いに、一層不安が募った。

 早く顔を見て安心したい、と強く願った。

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