ままならない出迎え
2023/8/31 加筆修正しました。
丸一日以上、一人ぼっちで、なんとなく寂しい気持ちを持て余していた。
ガロなんて近くにいてもちっとも面白くないのに、いないとやっぱり寂しい。
僕は庭の椅子に座って、夜までには帰って来るはずのビアンカ達を、今か今かと待っていた。
空が大分朱色に染まって、待つことにも飽き始めた頃、遠くからヴーーン、という音が聞こえた。
聞き間違えるはずもない、ビアンカの車の音だった。
その音はだんだんと近付いて来て、それからようやく車が敷地に入って来るのが見えた。
僕は嬉しくなって、駆けだした。
そうして出迎えると――降りてきたのはハルとユーリだった。
よく見るとその車は、いつも僕たちが鉱山を行き来する時に乗っている車だった。
と言っても、今ビアンカが乗っているであろう車と、ほとんど変わらない。
向こうの車の方がなんとなく新しい感じがするくらいだったから、僕は二人の姿を見るまで、ビアンカが乗っていると信じて疑わなかった。
予想が外れて驚いたけど、決して期待外れとかではない。
僕は気を持ち直し、「ハル! ユーリ! おかえりなさい!」と声をかけた。
「ああ、ただいま」
ハルがにこりと笑い、返事をくれた。その背中には、大きな革袋が担がれている。
「なあ、今日はどうしてビアンカが迎えに来なかったんだ?」
後ろから、同じく袋を担いだユーリが現れた。
普段は、鉱山への送り迎えの車にはビアンカが同乗している。
そのビアンカの姿が見えないことで、ユーリは疑問――もしくは不満を感じているみたいだった。
「昨日から、ガロと一緒に別の鉱山に出かけているんだよ。夜までに帰るって聞いているから、庭で待ってたんだ。ハルとユーリも一緒に待つ?」
そう尋ねると、
「ああ、魔石を下ろしたら、一緒に待とう」
「俺も待つ」
ハルとユーリがそれぞれ答えた。
「よかった!」
二人が一緒なら、もうしばらく庭で待つことになっても、寂しくない。
僕はウキウキと返事をしたけれど、ユーリが僕のしっぽをじっと睨んでいることに気が付いて、すぐに気持ちの温度が下がるのを感じた。
「またしっぽが動いている」
「あ、ごめんなさい……」
また指摘されてしまった。
でも――。
「でも……最近ユーリのしっぽも良く動いていると思うけど……」
「あれは、わざとだ」
僕の抗議に対して、ユーリは事も無げにそう返すと、そのまますたすたと商館の方へと歩いて行った。
なにそれ……。
「……シオン、ちょっと待っててくれ」
茫然としていると、ハルに声をかけられた。ハルも少し困った顔をしている。
ハルは、そのままユーリを追って商館へと向かった。
僕が到底運べないような重い袋を、軽々と担ぎ上げる二つの背中を、なんとも言えない気持ちで見送る。
……ユーリはずるい。自分には何もないような、弱者みたいな態度をとっているけど、本当はそんなことはない。
こんなに力があるなんて聞いていなかったし、そんな風に誰かを懐柔する知恵があったなんて知らなかった。
二人の姿は商館のドアの先へと消えた。
と思った数秒後には、再び現れ、こちらに向けて走って来ていた。
「どうしたの、二人とも」
「車の音が聞こえた」
僕が何事かと尋ねると、ユーリが嬉しそうに答えた。
こういうところだ。僕には聞こえない音が、ユーリの耳には聞こえている。それも多分、ハルとそう変わらない大きさで。
ユーリの言う通り、間もなく別の車が現れ、庭に止まると、今度こそ、ビアンカとガロが下りてきた。
誰よりも早くユーリが駆けつける。ハルがそれに続き、更にその後ろを僕が追った。
僕が最初に待っていたのに……。
「おかえり、ビアンカ!」
ユーリがしっぽを振りながら、ビアンカを迎える。
ユーリはただただビアンカの帰還を喜んでいた。でも、それに続くハルの背中は妙に静かだった。
何故だろう、と思っていたけれど、ビアンカの姿を正面から捉えて、僕にもその理由がはっきりとわかった。
髪の毛で大部分が隠れているけど、その頭には、包帯が巻かれていた。
「その頭、どうしたんだ?」
ハルが怪訝そうに尋ねた。
それに対しビアンカは、なんてことない、というような表情で首を傾げた。
「ああ、これ、悪戯で石を投げられたのよ」
その途端、ハルの周りで何かが膨れ上がったような、そんな錯覚を感じた。
「ガロ、お前がいたのに、ビアンカに怪我をさせたのか?」
ハルの怒気を孕んだ低い声を聞いて、その場の全員が動きをぴたりと止めた。ビアンカも目を丸くしてハルを見ている。
「……ああ、すまない」
ガロはそう言うと、視線を左下に逃がした。
ガロは、自分がハルの意に沿わないことをしたことに対して、謝罪したんだと思う。
でもそれで、ハルの溜飲が下がるようなことはなかった。
むしろ、ハルの金の双眸は一層怒りを湛えて揺れ始めた。
あ、と思った時には、ハルの右手はガロの胸倉を掴んでいた。
「なんでお前がついていながら……俺が付いていれば怪我なんてさせなかった!」
ハルは、身長も体重も勝るはずのガロを軽々と引き寄せながら、怒声を浴びせていた。
「ふざけんなよ!」
右手でがくがくとガロを揺さぶる。黙りこくったガロへの苛立ちを露わにしていて、今にも殴りそうな雰囲気だった。
僕たちは決して短くない期間一緒に過ごしてきたけど、こんなことは初めてだった。ハルが怒ることは時々あったけれどそれを止めるのはいつもガロの役目で、ガロがハルを怒らせたことは今まで一度もなかった。
微かな期待を込めてユーリに視線を送ってみたけど、ユーリは面白そうに見ているだけで止める素振りなんて全くない。
僕が止めないといけない、と焦るけれど、大柄な獣人二人を相手にどうして良いかわからなかった。
「やめて!」
僕がまごまごしているうちに、ビアンカが叫んだ。
ビアンカが、ハルをキッと睨みつける。
「ガロはちゃんと私の指示通りに動いたわ! 私はガロが適任だと思ったから、ガロを連れて行ったのよ! ガロはあなたみたいに衝動に任せた行動はしない! あなたみたいなすぐ手が出る人を連れて行けるわけないじゃない!」
ビアンカは上気した顔で、叫ぶように言った。畳みかける度に、その顔は苦し気に歪んでいるみたいだった。
対照的に、ハルの顔からはみるみるうちに怒気が抜けて、ガロの襟首を掴んでいた手も力を失くし、がっくりと落ちた。
嫌な沈黙が落ちた。
ビアンカは何か言葉をつなげようとしていたみたいだったけど、結局かぶりを振って、「頭が痛いから、屋敷に戻るわ……」と言うと、足早に立ち去ってしまった。
「悪い、ガロ、つい頭に血が上って……」
ビアンカが完全に姿を消した後、ハルが沈み切った声でそう言った。
「いや、いいんだ。ハルの言う通りだから。魔石の残りは俺が運ぶから、ハルはもう休め」
「ああ、悪い……」
ハルはすっかり元気をなくして、青ざめた顔で商館へととぼとぼと歩いて行った。
やっぱり、本当は僕がビアンカより先に声を上げて、どうにかしないといけなかったのに。
僕は、二人に何の声もかけられず、「ごめん、僕も休むね……」と言ってその場を後にした。




