投じられた一石(2)
「久しぶりね、ウォルター」
詰所で出迎えてくれたウォルターは、前回会った時と変わらず、青白い能面のような顔をしていた。
しかし、私たちの姿を捉えた時、その能面の片眉がわずかに動いたのを認めた。
おそらく、私の怪我か、耳としっぽの生えた従者のどちらか、あるいはその両方に驚いたのだろう。
一方でガロは、ウォルターを視界に入れても、何の表情も見せないままだった。
「こちらは、第二鉱山管理人のウォルター。で、こちらが、私の護衛としてついてきてもらったガロよ」
「……」
「……」
ウォルターは表情に乏しく、無口な男だった。言葉にしてみるとガロに似た性質を持っているようにも見えるが、ガロのそれとはまた違う、虚ろな無表情さだった。
「さっそくで申し訳ないんだけど、怪我をしちゃったから、医務室を借りるわ」
「はい、どうぞ……」
ウォルターは私たちを先導し医務室へと入ると、勝手知ったる様子で、片手で棚から救急箱を取り出した。そのまま、箱を持った左手を、ずいと押し出してきた。
「では、ガロさん、お願いします。私はこの通りの腕なので、手当はできません」
ガロがじっとウォルターの右腕を見つめる。
ウォルターには右手がなかった。正確には、右腕が肘から少し先で途切れている。
ウォルターは、過去に起きた不幸な事故により、そのようなハンディキャップを背負うことになった。
実のところ、普段はそれを感じさせないくらい器用で、針仕事なんかは私の何倍も上手だったが、こと手当に関しては自信がないようだった。
この三人の中では、私が一番手当が上手いのかもしれない。私には、元来の不器用さを補えるくらいには、手当の心得があると思う。
自分の頭の手当をしたことはないが、なんとでもなるだろう。
「私がやるわ」
受け取ろうとした救急箱は、しかし、隣から伸ばされた太い腕によってもぎ取られた。
「手当なら、できる」
ガロが自らそう言うので、さすがに少し驚いた。
ガロの器用さは推し測りようもないが、それ以前に、人の手当するような柄ではないと思っていた。
「それはありがたいけど……どういう心境の変化?」
「……別に……ユーリの変な髪型を思い出して、俺がやった方が良いと思っただけだ」
「……それはどうも。じゃあお言葉に甘えて、ガロにお願いするわ」
ひどい言われようだと思った。
屋敷に来た初日に、ガロの手当したのは誰だと思っているんだ、と言いたくなった。でも、あの時は打撲痕に湿布を貼っただけだったから、私が全般的に不器用だと思われてても仕方がないのかもしれない。
私が適当な椅子に腰かけると、ウォルターがガロに「これで消毒して、これで傷口を拭いて……」と説明を始めていた。ウォルターのこういう気の利くところを、私はとても気に入っていた。
ガロはウォルターの説明の通りに、手当をしてくれた。人一倍大きくて武骨そうな手をしていたが、取り立てて不器用というわけではないようだった。思った以上に丁寧に手当をしてくれた。
ただし、頭に包帯を巻く段になると、急に雑になった。
「いたっ! ちょっと、きつく締めすぎ……」
「悪い、ハルの手当しかしたことがなくて……」
「う……そう……」
ガロのことだから、私のことを憎ましく思って締め上げたわけではないのだろう。そうは思うのだが、謝罪しても相変わらず声音は変わらなかった。ガロは今は私の背後にいるから、顔色をうかがうこともできない。どうせ、いつもと同じ無表情をしているのだろうな、と勝手に得心した。
それにしても、そんなにきつく締めるなんて、ハルは昔よっぽど深い傷でも負ったのだろうか。
「終わった」
考えているうちに、手当は完了していたようだった。
「ああ、ありがとう、ガロ」
「……」
振り返って、礼の言葉を口にすると、ガロはわずかに身を退いた。
「ウォルターもありがとう」
「いえ……」
「じゃあ、先にガロを部屋に案内するわ。ウォルターはあとで書斎で話をしましょう」
「はい」
私とガロは、医務室にウォルターを残して、廊下に出た。
この詰所は、狭い。寝室と呼べる部屋は、ウォルターの私室と、私の私室だけだ。医務室にすら、まだベッドはない。
私はガロを、自分の部屋へと案内し、ドアを開ける。しばらく来ていなかったが、ウォルターによって、部屋は清潔な状態に保たれていた。
最後に来た時と同じように、ベッドと書斎机と椅子、それから扉付きの本棚が整然と並んでいる。
「今日はここで寝てちょうだい」
「……」
ガロはじっと部屋の中を見つめて、中に入ろうとしなかった。
「花柄のベッドだと、不満?」
「……」
「あ、念のため言っておくけど、別に私は同じ部屋で寝たりしないわよ。私は普段、書斎で寝ることの方が多いから」
「……」
「……やっぱり花柄が嫌なの?」
「……いや、なんでもない。ここで寝る」
ガロはそう言うと、ずかずかと部屋に入りバタンとドアを閉じた。
つくづく、難しい男だと思った。
多分、花柄が嫌と言うわけではないだろう。そんなことを気にするとは思えない。
どちらかと言うと、匂いでないか。私には確認のしようもないが、もしかしたら、私の匂いが染みついていて、嫌だったのかもしれない。
私はひとつあくびをすると、書斎へと向かった。
書斎でウォルターの報告を聞いて、ウォルターに仕事を依頼して、それからウォルターのつけている日誌に目を通そう。
それが一通り済んだら、ふかふかの椅子に身を沈めてひと眠りしよう。




