表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/139

投じられた一石(2)

「久しぶりね、ウォルター」

 

 詰所で出迎えてくれたウォルターは、前回会った時と変わらず、青白い能面のような顔をしていた。

 しかし、私たちの姿を捉えた時、その能面の片眉がわずかに動いたのを認めた。

 おそらく、私の怪我か、耳としっぽの生えた従者のどちらか、あるいはその両方に驚いたのだろう。

 一方でガロは、ウォルターを視界に入れても、何の表情も見せないままだった。

 

「こちらは、第二鉱山管理人のウォルター。で、こちらが、私の護衛としてついてきてもらったガロよ」

「……」

「……」

 

 ウォルターは表情に乏しく、無口な男だった。言葉にしてみるとガロに似た性質を持っているようにも見えるが、ガロのそれとはまた違う、虚ろな無表情さだった。

 

「さっそくで申し訳ないんだけど、怪我をしちゃったから、医務室を借りるわ」

「はい、どうぞ……」

 

 ウォルターは私たちを先導し医務室へと入ると、勝手知ったる様子で、片手で棚から救急箱を取り出した。そのまま、箱を持った左手を、ずいと押し出してきた。

 

「では、ガロさん、お願いします。私はこの通りの腕なので、手当はできません」

 

 ガロがじっとウォルターの右腕を見つめる。

 ウォルターには右手がなかった。正確には、右腕が肘から少し先で途切れている。

 ウォルターは、過去に起きた不幸な事故により、そのようなハンディキャップを背負うことになった。

 実のところ、普段はそれを感じさせないくらい器用で、針仕事なんかは私の何倍も上手だったが、こと手当に関しては自信がないようだった。

 この三人の中では、私が一番手当が上手いのかもしれない。私には、元来の不器用さを補えるくらいには、手当の心得があると思う。

 自分の頭の手当をしたことはないが、なんとでもなるだろう。

 

「私がやるわ」

 

 受け取ろうとした救急箱は、しかし、隣から伸ばされた太い腕によってもぎ取られた。

 

「手当なら、できる」

 

 ガロが自らそう言うので、さすがに少し驚いた。

 ガロの器用さは推し測りようもないが、それ以前に、人の手当するような柄ではないと思っていた。

 

「それはありがたいけど……どういう心境の変化?」

「……別に……ユーリの変な髪型を思い出して、俺がやった方が良いと思っただけだ」

「……それはどうも。じゃあお言葉に甘えて、ガロにお願いするわ」

 

 ひどい言われようだと思った。

 屋敷に来た初日に、ガロの手当したのは誰だと思っているんだ、と言いたくなった。でも、あの時は打撲痕に湿布を貼っただけだったから、私が全般的に不器用だと思われてても仕方がないのかもしれない。

 

 私が適当な椅子に腰かけると、ウォルターがガロに「これで消毒して、これで傷口を拭いて……」と説明を始めていた。ウォルターのこういう気の利くところを、私はとても気に入っていた。

 ガロはウォルターの説明の通りに、手当をしてくれた。人一倍大きくて武骨そうな手をしていたが、取り立てて不器用というわけではないようだった。思った以上に丁寧に手当をしてくれた。

 ただし、頭に包帯を巻く段になると、急に雑になった。

 

「いたっ! ちょっと、きつく締めすぎ……」

「悪い、ハルの手当しかしたことがなくて……」

「う……そう……」

 

 ガロのことだから、私のことを憎ましく思って締め上げたわけではないのだろう。そうは思うのだが、謝罪しても相変わらず声音は変わらなかった。ガロは今は私の背後にいるから、顔色をうかがうこともできない。どうせ、いつもと同じ無表情をしているのだろうな、と勝手に得心した。

 それにしても、そんなにきつく締めるなんて、ハルは昔よっぽど深い傷でも負ったのだろうか。

 

「終わった」

 

 考えているうちに、手当は完了していたようだった。

 

「ああ、ありがとう、ガロ」

「……」

 

 振り返って、礼の言葉を口にすると、ガロはわずかに身を退いた。

 

「ウォルターもありがとう」

「いえ……」

「じゃあ、先にガロを部屋に案内するわ。ウォルターはあとで書斎で話をしましょう」

「はい」

 

 私とガロは、医務室にウォルターを残して、廊下に出た。

 この詰所は、狭い。寝室と呼べる部屋は、ウォルターの私室と、私の私室だけだ。医務室にすら、まだベッドはない。

 私はガロを、自分の部屋へと案内し、ドアを開ける。しばらく来ていなかったが、ウォルターによって、部屋は清潔な状態に保たれていた。

 最後に来た時と同じように、ベッドと書斎机と椅子、それから扉付きの本棚が整然と並んでいる。

 

「今日はここで寝てちょうだい」

「……」

 

 ガロはじっと部屋の中を見つめて、中に入ろうとしなかった。

 

「花柄のベッドだと、不満?」

「……」

「あ、念のため言っておくけど、別に私は同じ部屋で寝たりしないわよ。私は普段、書斎で寝ることの方が多いから」

「……」

「……やっぱり花柄が嫌なの?」

「……いや、なんでもない。ここで寝る」

 

 ガロはそう言うと、ずかずかと部屋に入りバタンとドアを閉じた。

 つくづく、難しい男だと思った。

 多分、花柄が嫌と言うわけではないだろう。そんなことを気にするとは思えない。

 どちらかと言うと、匂いでないか。私には確認のしようもないが、もしかしたら、私の匂いが染みついていて、嫌だったのかもしれない。

 

 私はひとつあくびをすると、書斎へと向かった。

 書斎でウォルターの報告を聞いて、ウォルターに仕事を依頼して、それからウォルターのつけている日誌に目を通そう。

 それが一通り済んだら、ふかふかの椅子に身を沈めてひと眠りしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ