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誰かにとっての安寧

 ハルの狭い部屋に、四人の獣人がぎゅうぎゅうに詰まっている。

 ハルは、仕事の都合とかなんとかで商館に来ていて、鉱山に帰るまでもう少し時間があるらしい。

 それで、ハルに呼ばれて、僕たちはこうして今、すし詰め状態でハルを囲んでいる。

 

「久しぶりだな」と口を開いたハルは、最後に見た時よりも、なんとなく雰囲気が変わったように見える。

 ちょっとがっちりしたような気がする。

 もっとも、それは四人全員に言えることで、ガリガリだった体型は大分標準的な体型に戻ってきていた。

 でもハルはそれだけではなくて、いつものピリピリとした感じがなくなって――丸くなった、ともちょっと違うけど、そういうニュアンスに近いような変化があった。

 

 だけど――それ以上に変わったのは、ユーリだと思う。というより、様子が変だ。

 そっと横のユーリを覗き見る。

 あれだけ慕っていたハルが帰ってきたというのに、まるで興味がなさそうに、つまらなそうな顔をしている。

 どうもユーリは、久しぶりに顔を見せたハルよりも、階下にいるビアンカの方がよっぽど気になるらしい。最近のユーリは、いつもこんな調子だった。

 

「ハル、元気そうで良かった」

 

 僕は一旦、不安を頭の隅に追いやり、ハルとの会話に専念することにした。

 

「ああ、シオンも……ユーリもガロも元気そうで良かったよ」

「うん、僕たちは、ビアンカさんが良くしてくれるから、大丈夫だよ。ハルは、鉱山は大変じゃなかった?」

「ビアンカの鉱山は、俺が想像していた鉱山と全然違った。あそこは奴隷じゃない普通の人間が、普通に働いて生きている。食事も睡眠も保障されていて……鉱山はちょっと暗くてじめじめしているけど、それだけだ。火傷する人間すら見ていない」

「えっ、火傷すら……」

 

 ビアンカなら、労働環境を整えているだろうな、とは思っていた。でも、原因のよくわからなっていない火災まで防いでしまうなんて、ビアンカはやっぱりすごい。

 だけど、それは喜ばしいことのはずなのに、ハルはなんとなく浮かない顔をしている。

 

「ああ。だから俺は、ビアンカが俺たちを買うために支払った分くらいは働きたいと思っている」

「僕もそうすべきだと思う。ビアンカさんは、僕たちを買ってから損しかしていないもん」

 

 僕がそう言うと、ハルは一層表情を曇らせ「ああ、ビアンカは、俺たちのせいで、しなくても良い苦労をしている……」とぼそりと言った。

 ああ、ハルが変わったように見えたのはこのせいか――と思った。

 ハルが、ビアンカの儲けとか、そういう人間的なことに気が付くとは思えない。多分ハルは、もっと直接的に、ビアンカが苦労しているところを見てしまったんだろうな、と思った。

 

「ガロとユーリはどうだ? 一緒に鉱山に行く気はないか?」

 

 ハルは気を取り直したように、ほんの少し明るい声になって、そう提案した。

 でも、それはユーリによって、間髪置かずに跳ね除けられた。

 

「行かない、俺はここにいる」

 

 ハルの動きがぴたりと止まる。

 ハルは、訝し気にユーリを見ていた。

 ユーリのこういう物言いは、いつものことだった。でも何かが違うことに、ハルも気が付いたのかもしれない。

 ユーリはハルの視線など意に介さないようにツンと澄ましていた。

 

「役立たずだな……」

 

 唐突に不穏な声を上げた人がいた。ガロだった。

 思いがけない人物の思いがけない言葉に、全員がガロに釘付けになっていた。

 

「ここで役立たずのままでいたら、そのうち追い出されるだろうな」

 

 ガロは事も無さげに言った。

 

「ビアンカはそんなことしない」

「そう思いたいなら、そうしていればいい」

「ビアンカはそんなことしないって言ってるだろ!」

「そうか。そうだといいな」

 

 ユーリの余裕に満ちた表情は、ガロの言葉でだんだんと崩れていった。

 四つの金の眼に見下ろされて、ユーリは居心地が悪そうにしていたけど、首を縦には振ることはなかった。

 ハルとガロは間違ったことを言っていない。でもユーリはただ、ビアンカが好きで堪らないだけなのだ。それが多分、ユーリをちょっとおかしくしてしまっている。

 

 コンコン、と不意に扉を叩く音が聞こえた。

 

「え、何しているの……」

 

 ドアから顔を覗かせたビアンカは、ぎょっとしたような顔をした。

 この狭い部屋で四人が顔を突き合わせて、何か異様な雰囲気を漂わせていたことに驚いたのだろう。

 

「俺とシオンも働くことにした」

 

 ガロが、どことなく冷たい視線を、ユーリからビアンカに移した。

 ビアンカは、「え」と、ちょっとたじろいたような声を出した。

 

「嬉しくはないのか?」

 

 ガロが追い打ちをかけるように言った。

 

「嬉しいけど……」

 

 ビアンカは、明らかに困惑していた。

 仕方がないことだと思う。まず、ガロが突然話し始めるのも怖いだろうし、一体自分は何を脅されているのだろうか、という気持ちにもなっているはずだ。

 

「ビアンカさん、ガロはビアンカさんに喜んでほしくてこう言っているんだよ!」

 

 見かねて僕が助け船を出す。

 

「あと、僕もハルの話を聞いて、ハルと一緒に働きたいと思ったんだ」

 

 そう言うとビアンカは、ようやくちょっとほっとしたというか、合点がいったような顔をした。

 

「そう、それは……嬉しいわね。ハル、ありがとう」

 

 ビアンカが穏やかな表情で、言った。

 急に声をかけられたハルは、はっと顔をあげて、何かを言おうと口を開いた。でもそれよりも早く――

 

「俺も行く」

 

 何が決定打になったのかわからないけど、ユーリがそう言った。

 

「俺も、働く」

「いいの?」

「うん。嬉しい?」

「ええ、嬉しいわ」

 

 ビアンカはぎこちなくそう答えた。

 ユーリは満足したように、ニコニコと笑っていた。

 ガロはいつもの無表情で、ハルは眉間に皺を寄せて、それを見ていた。

 ハルからすれば、ユーリの態度は相当変だし、ビアンカの態度だって変に見えるだろう。僕には割と、見慣れたものだったけど。

 

「そうだ、ビアンカさん、今日はハルも泊っていってもいいでしょ? 四人で働くなら、打合せ? とかもしないといけないだろうし」

 

 僕は雰囲気を変えるように、言った。

 するとビアンカは、あ、と何かを思い出したような顔をした。

 

「ああ、そう、それを言いに来たのよ。ルドが、一人でさっさと帰っちゃったのよ。明日明後日は休みだから、ハルはここに泊まらせてくれって」

 

 僕は、ひとまずほっとした気持ちになった。

 多分これで色々と、丸く収まったのだと思う。

 僕としては、やっぱりユーリには、ハルが必要なんじゃないかな、と思っている。

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