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苦い匂い(1)

 ヴーーン――という特徴的な音を上げる車の中で、ルドと膝を突き合わせて座っていた。

 

「ハル、これから石を運ぶからお前もついて来い」と言われたのが、先刻のことだった。

 有無を言わさず座席にぶち込まれて、「ビアンカは良い人だ」とか「俺たちは幸せだ」とか「お前の気持ちもわかる」とか、ルドの勝手な話を延々と聞かされていた。

 

「はあ……、それで、石はどこに持っていくんだ?」

 

 俺はいい加減疲れていて、もっと具体的で実益のある話題に切り替えようと努めた。

 

「そりゃあ魔石を持っていくところって言ったら、発電所だろ。東第四発電所ってちっちぇー発電所がのがその辺にあってな、俺たちの掘った石はそこで燃やされるわけだ」

「そうか……」

「だけど、今日のお前はついている。なんでかわかるか?」

「さあ……」

「さあって……お前、ビアンカ嬢に似てきたんじゃないか」

 

 ルドがつまらなそうな顔で言った。

 

「似る程会ってない」

 

 俺がそう言うと、ルドはにやにやと笑った。

 

「そんな不貞腐れるな。お前、今自分がどこを走っているか、わかっているか?」

 

「さあ……」と口に出してから、はっと気が付いたがもう手遅れで、ルドはがははと笑っていた。

 

「やっぱお前は、かわいいわんこだな」

 

 一切の悪気がないから、怒る気にもなれない。

 この気立ての良い男は、時に無神経で、明後日の方向を向いた発言を繰り返す。

 だいたい、ビアンカの言う「さあ……」と俺の言う「さあ……」は、まるで意味が違う。前者は「さあ、どうでしょうね?」の意味だが、後者は「さあ、どうでも良い」の意味だ。

 

「いいから、外見てみろよ。自分ちを忘れちまったのか?」

 

 その言葉にはっとして窓を覗き込むと、確かに見覚えがあった。

 ここを出る時に一度見たきりだから、自分の家と言える程の親しみがないが、それは確かにビアンカの屋敷の門だった。

 

 その門の番人は、何かにこくりと頷くと、門を開いた。

 車は、重々しい門を通り抜け、がらんとした庭で止まる。

 それから、屋敷から知らない男が一人出てきた。

 ルドが車の扉を開けて外に出る。俺はおとなしく、窓越しにルドのすることを眺めていた。

 ルドは、駆け寄ってきた男に話しかけた。

 

「石を持ってきたが。ビアンカ嬢は?」

「ビアンカ様は今、外出されてます。あと二時間は戻らないかと」

「何……。早く会わせたくて、つい早く来すぎちまったかな。とりあえず石をおろすか……」

 

 ルドは、こちらに向き直り、「おい、ハル。お前も手伝え」と言った。

 その途端、男の顔色が変わった。

「ライアン様を呼んでまいります」と言いながら、男は商館の方へと逃げて行った。

 

「あいつ……こんなわんこが怖いのか?」

 

 ルドがやれやれといった表情をしていた。

 あの男は多分、兵ではない、使用人だ。執事とか、そういう類だろう。

 この家にも使用人がいたのだ。

 ビアンカが使用人に避けられていたのではない。俺たちが使用人から徹底的に遠ざけられていたのだと、ようやく気が付いた。

 

 その男が再び現れた時には、ライアンを伴っていた。だが、その男はすぐにライアンと別れ、足早に屋敷へと帰っていった。

 ライアンだけが車に向かい歩いてくる。

 

「ルド……なんでハルを連れてきたんだ」

 

 ライアンが険しい顔で尋ねた。

 

「そう言うな、ライアンの旦那。俺ぁ、ビアンカ嬢から、絶対にハルから目を離すなって言われてるんだ。俺がここに来るなら、ハルも連れて行くしかないってことだ」

 

 ルドは何がおかしいのか、わはは、と笑っていた。

 

「とにかく、石をさっさと運んで、早く帰ってくれ」

 

 ライアンが疎ましそうに言った。

 

「そうはいかない。俺はビアンカ嬢と話があるから、帰ってくるまで商館で待たせてくれ」

「今日じゃないといけないのか?」

「ああ、今日がいいな」

「はあ……、じゃあ、商館の応接間でおとなしくしていてくれ……」

 

 ライアンが、疲れた顔でそう言った。

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